ようやく春めいてくる。待ち望む春もあと一歩のところまできている。庭でさえずる小鳥たちの声も、こころなし元気で格調高く聞こえた。水仙の葉も大分伸びる。先週末より、ジュリア女史京都に出掛ける。彼女は、スローな空気の漂う厨房に突然乱入し、怒涛の如くの勢いで、むやみやたらと色々なものを作り、われらの脳裏に明瞭なウクライナの存在を刻み付け去っていった。この1ヶ月半は、彼女がまるでわれら二人をむんずと両脇にかかえ、いきなり全速力で走り出し、家人も私も、気がついてみると、不思議な場所に連れていかれてしまったような心持であった。兎も角も、学ぶところ大、感謝多。昨夕は店を早めに切り上げ、佐野のアウトレットモールに出かける。場内、アメリカでなじみのあるそれであり、真新しい為か、光り輝いている。常日頃親しんでいる、佐野の街とはまったく異なる空間にスペーススリップしたようで楽しい一時を過ごす。その為か、帰路、目にする佐野や足利の街はあまりにもきたなく、うらさびれて空虚に映る。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。