本日は別格にてここに記す。昨夜は愛犬の通夜にて遺児(サーヤ)の淋しがるを慰む。早朝遺児と家人と共に屍骸を埋葬。暮れてより家人と共に愛犬ベティーを我が家にて偲ぶ。献杯のワインはシャブリと決す。献立は家人の料理したるレタスの蛎油にて炒めたるるもの、続いては鶏のグリルプロバンス風にてハーブの程よく香りたるもの逸品。続いてはサーモンフレークとサラダ、フィニッシュは葱の味噌スープ、シャブリのグラスに注ぐを嗅ぐ匂いの独特なるは不可思議。喉を潤して後、愛犬を偲ぶ。繰り返すこと4、5回にてチキンも喉を通る。其の頃はやや酩酊の兆し。愛犬の在りし日を偲べは、誠に我ら夫婦の激動の期間。家人の癌、家人の病、癒しを求めての全国行脚。いや世界の行脚。知人の同病に倒れるを知り戸惑う日々。会社のリストラ。親の痴呆、ブロッサム再開。孫の誕生を愛犬がそれを無視する様。兎にも角にも今日のシャブリ誠に結構であった。ビーちゃんの冥福をただただ祈るばかり。漱石が愛犬ヘクトーの死を嘆く文を思い起こす。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。