複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 終日、草を刈る。
    私は近頃、何か忘れ物をしたような気がしてしかたがない。いくら考えても思い出せない。気になってしかたがない。しかし、思い出せない・・・・と思い悩んでいたのである。今日、無心に草を刈っていて思い出したのである。
    僕は、今まで「人生わずか50年・・・」と云う言葉を信じて生きてきた。50歳で人生終了!死ぬものと信じきっていたのである。したがって、自分の人生はそのように企画してきたつもりである。しかし、気がついてみるとその歳は、とうに過ぎてしまい、還暦も過ごした。予定外の人生である。僕は、変な癖があり、例えば、どこかの見知らぬ、未知のところへでも、あらかじめの下調べもせずに、取りあえず出かけてしまう。
    後、そこで、気になることが目にとまると、少しずつ調べはじめ、兎も角も、自分の納得行くまで調べて、その物の概念を把握するのである。50歳までの人生は概ねこのようにして、生きてきたつもりである。しかし、今居るところは、まったくの、予定外、言ってみれば「オマケ」である。しかし、いくら「オマケ」と言っても、せっかくの「オマケ」であるから、何時お迎えが来ても悔いのないように有意義に過ごそうと思う。
    その為には、「どうしたらよいのか」と云う下調べの参考書を取り揃えて、取りあえずのお勉強をせねばならない(備えあれば憂いなし)。かつまた、それにもとづく取り敢えずの自分自身への「企画書」作りをするのを忘れていたのである。思い出そうとしていたのは、そのことであった。思い出すまでに10年の歳月が過ぎてしまっが、実は、僕の母はとうとう、癌にもならず現在87歳である、しかも、健在なのである。
    もし、僕に母の遺伝子がそのまま、そっくり継続されるようなことがあったなら、ずいぶん長生きしてしまって、なんか、大変なことになりはしまいかと、心配なのである。やんぬるかな!