このところの冷え込みにて菜園の野菜の葉は枯れ、敷地の入口にあるイチョウの樹の葉は黄色味半ばにして地に落ちていた。窓の前より見えるのもみじ、紅葉始めてきた。本日はココファームの帰りに寄られる方多し。午後遅くなり東京で活躍中のさる高名な気功の先生がみえられた。取り合えづご挨拶をしていると、「この場所はとてもよいエネルギーを発生する処」だとお話を戴く。「ここに寝泊りしないのはあまりにも勿体無い事です。いらないのなら私に下さい?」と冗談のような本気なようなお話を戴いた。私にはそこらへんのことはなかなか感じられないのであるが然し少ない私の気功的体験に基づくと人間同士のエネルギーの伝達は実際にある。しかも人間対植物もある。兎も角も其の道にかかわりの深い方は一様に同じ事を話される。しかしながら私には具体的なことは不明である。例えばある場所があり、そこに人間のある種の情念やエネルギーが圧縮されて集積する質量的ヴォルームの影響で何事か人が感じられる場所が聖地だったりするわけだと仮定すると、その様な場所があつても不思議でないような気もする。形而上的な話しになってしまいました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。