飛駒、8時の外気温は-3度。ローストビーフを焼き、開店するころは、陽射しが強くなり、早春の如しだ。常連さんは外の7番の席で、陽射しを浴び、半袖でワインをのみチーズフォンデュを飯。室内では、鎌倉より来する人達のハープ演奏が始まった。後ほど知りえたのであるが、この店は構造店に音の反響がよく、理想的な環境であるという。幸い、上下とも満席になり、奏でる音楽を皆、ゆっくり楽しんでいる。今日は、二階に昭和3年生まれの婦人が座っていた。フォンデュとローストビーフを食べている。この3年は西暦で1929年だ。大恐慌が始まった時だ。この時の恐慌が第二次世界大戦の引き金になったのだ。付き添いの紳士が帰りしなに、パリに住んでいると言うなり。場所を尋ねると、1区と言うではないか!パリの中心だ。サントノーレが間にあって、それを辿っていくとエリゼ宮が左に現れる。最後にヨーコさんとパリを訪ね、このエリゼ宮の前でヨーコさんと番兵をいれた写真を撮った。ユーロになるちょっと前のことだ。懐かしい思い出にしばし浸る也。「パリ左岸」の事もあり、少しお話をしたかったが、再会が楽しみなところだ。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。