先日来、少し、めまいがするので、フェイスブックでおなじみのM先生に相談したら佐野厚生病院の脳神経外科のN先生がよかろうと云う事で、朝より厚生病院に出掛け、診察をうける。20日にMRIを予約、「しばらくは、だらしのない生活をしてはいかが?」と謂う助言を戴く。思い起こせば、愛妻が天に召されて以来、独りで自炊生活を確立せんと、夢中で奮闘してきたが、心身ともに疲労困憊するところもあったのかもしれない。何しろ、連れ合いを失うと謂うことも初体験であるから、途方に暮れ、その不安を払しょくするために、ひたすら前進していたのだ。病院後、アウトレットで買い物、お店の御馴染さんと遭遇する。午後、飛駒に出掛け草刈りをする。だらしのない生活とは謂うモノの、季節が刻々と植物の目覚める方向に進んでいるから、10月までは気が抜けない時節がとうらいする。悩ましい年頃也。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。