今日もお天気がよく陽射しがある。朝より庭の清掃を始める。昼前息子来。老輩の生活について暫く雑談。何はあるときは宜しく頼むと言っておく。午後も作業を続行。庭には竹が生えて来た。鋸で切って束ねる。この時、紐が必要であったが、初めての作業なので、紐が何処にあるのか不明であったのだが、その時は、足が自然と動きだして、紐のあるところに手が伸びていくような不思議なこころもちを味わい、今日は愛妻の月命日であることに思い至った。TVでは震災より四年の状況が頻りに報じられている。被災して生活を立て直す人々の姿も報じられる。みていると、なんだか感慨無量という気持ちになってくる。家内の写真と対座し、暫く談笑。そとは、雲が出てお天気が悪くなって来た由。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2015年3月10日(火)晴、風
朝、茶の間より外に何気なく眼をやると、春の陽射しに、枯れ草の伸びてしまったモノが茫茫としているのが見える。愛妻が生きていれば、「カッチャンちょっと小一時間片づけを手伝ってチョウダイナ」というに違いないので、台所にあった鋏を持ち出して、ローズマリーの付近に伸びたままになっている雑草をチョキンチョキンと切って束ねてポリ袋に片付けた。作業が終了して、振り返ってみると、ローズマリーの茂みが「ご苦労さん!」と言っているような気がして、気分もすっきりするのである。昼前、取材があるので飛駒に出掛け、暖炉を燃やして準備に追われる。陽射しはあるが風が吹いて来てくる。4時の外気温は6.5度。昨日の天気予報の通り、裏日本周辺は荒れ模様なのであろう。
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2015年3月9日(月)雨
午前中は、生活指導人来りて、初歩の事柄を教えていただく。TVでは、西日本から北海道にかけて、低気圧が通過する影響で、明日は大荒れの天気になると頻りに報。今日は終日家にいて休養。昨日の遠出由。他、特に記す事無。
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2015年3月8日(日)少雨
朝より小雨が続く。今日は車愛好家40人来。貸切である。毎年今頃に来てくれるから非常に有難い。記念写真を撮る頃には、雲が薄くなり、光が差してきた。店を、若い人たちに任せて、かねてより気になっていた映画で「妻への家路」とい作品を観るために、コクーンまで出掛けた。これは中国映画で文化大革命時代を扱ったものだ。だから、1974年頃の中国の都市の様子や人々の暮らし向きの様子が沢山出てくる。私は丁度、この時代より仕事で度々中国を訪れるようになった。そして、文化大革命の終焉の瞬間をも体験した。だから、この映画の前評判を知って、個人的な理由で、ぜひとも出掛けなくてはならないと思ったのだ。ヨーコさんが生きていれば、「カッチャン!そんな無謀な事は止めてください!あとで昼間にでも電車で出掛けて観てくれば済むんだから、心配をかけるようなことは慎んでくださいな!」と小言をくらうところであるが、幸か不幸かもう居なくなってしまったから、気持ちの流れに身を任せて出掛けて来た。帰宅は11時半となる也。明日は生活指導が始まるので、早く寝なければならない。
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2015年3月7日(土)雨、寒
朝より雨。日中の外気温は5度あたりを推移。人、三々五々来。目白より来店した老輩と同年齢の婦人は、60歳よりスキーを始めて、今でもスキーに熱中していると弁ずる。終日暖炉を燃やしつづける。明日は、アルファロメオの愛好家が大勢集合する予定也。
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2015年3月6日(金)曇後晴、暖
営業の準備で飛駒に出掛ける。陽射し有穏やかなお天気となり、苔の雑草を取ってやることにする。木々の梢に、野鳥がピチル、ピチルとさえずる声を聞いていると、背中に日差しを浴び、時間が止まったような気分になる。昼に到ると、ヨーコさんが「カッチャンご飯ができましたよ!」と声が届くような気分にもなる・・・。梅はまだ大半が蕾である。備忘の為記す。
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2015年3月5日(木)晴、寒
朝より風有寒。このところiPadに愛妻の画像を出して、アルバムのように使用している。大きさも自由に変えられるので便利だ。しかし、ヨーコさんの声がどうであったか思い出せなくなってしまった。動画を残しておけばよかったと後悔すること頻り也。
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2015年3月4日(水)晴、暖
朝より厚生病院内科訪。尿と血液検査の結果は前回と同様、変わった数値は出てこないので、このままのライフスタイルを維持するようにと先生はおっしゃる。この三カ月の間に、老生の境遇はドラスティックに変化したので、不安がよぎるところであったが、今日の検査結果が良と出たので安心した。帰路、筑波、雪をいただく男体山、浅間、足尾の山々までもみえて、気分がすっきりした。昨晩は、録画した「小さいお家」を観た。その中で最後のところで、この物語の舞台となった赤い屋根の「小さいお家」が5月の空襲で焼けてしまうところが出てくる。病院の待合室で、名前を呼ばれる間、読んでいた山田風太郎の「戦中不戦日記」の5月の目黒、代官山、五反田にかけての空襲にあう場面が出て来たのだ。そうすると、映画で観た場面を思い出して、あの時代の情景がなんとなく、立体的に思い浮かべる事が出来たような気持ちになった・・・。
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2015年3月3日(火)陰
今日はなんだか寒い一日であった。炬燵に入り、ヨーコさんが残していった携帯電話を思い出して、どんな写真を撮っていたのだろうと、画像を開いてみると、老生の写真もあるが、概ねが庭に咲いた花の写真であった。植物が好きであった老妻の事をしみじみと思い出した次第。茶の間には残していった鉢もある。世話をする主人がいなくなると植物もかわいそうだ・・・。予約も入ってくる。有難き限り!
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2015年3月2日(月)晴、風有
独居老人的な境遇に在る、老生の生活を確立させるため、市の保健師さんに足を運んで戴いて、生活相談を受ける。炊事、洗濯等の指導である。毎週一回をうけることにした。午後、ズボンの裾上げにアウトレットモールを訪。散歩を兼ねて店を観て回る。夕方、耳鼻咽喉科訪。耳の難聴はあまり改善はみられないと謂う事で、薬を換える事にする。