複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 朝、ラジオで、成田航空が開港35年を迎えたと云う話があった。その時、僕は35歳であった。中国、韓国貿易をやっていた。
    だから、国際線に乗るために、浜松町あたりから、モノレールに乗り羽田から毎月出掛けていました。成田の開港初日であったか
    、物々しい警戒の間を通って、エアラインカウンターにたどり着いたときは、ホッとした思い出がある。何しろ検問所が3~4箇所も受けてあり
    50人くらいのおまわりさん達が疑わしい目で見ているから、何も悪いことをしているわけではないが、胸がドキドキしたものだ。
    同じような気持ちは、香港経由で、深川を通り広州まで入る時も、国境で両側に20人ほどの人民解放軍の兵士達が両側に捧げ筒の姿勢で
    整列している間を、手荷物とトランクを持って、とぼとぼと先の検問所まで歩いてゆく時の気分も同様であった。
    時には、滞在が10日位になり、何の娯楽もない時代であるから、ハードカバーの本を5~6冊入れてあるから重かった。その当時
    中国はまだ、華国鋒書記長の時代で、毛沢東の影響も色濃く残っていた。あの頃は、今日の中国の姿は想像できませんでした。
    ホテルで一緒にくつろぐ、中国を詳しく知る諸先輩も「この国はいつかきっと途中で分裂するから、発展は困難である」との見解が
    大勢を占めていた。と、当時の事を思い出した。
    昼、粗食飯。TVでは三浦雄一郎老生が「エベレスト登頂」との報有。毎日、トレーニングの為に25キロの負荷を得て生活していた様だ。
    素晴らしい!僕も物理的な質量を有する負荷ではないが、人生の重荷を背負って坂道を登るがごとくの日々を過ごしている。
    ところで、愛妻はこの40日余の間に、両腕の筋肉が発達して腕が太くなったと言う。毎日、買い物の為に、僕を車椅子に乗せて
    押していた為だと言うなり。今日は、高枝きりノコギリを買ってきて、虫のついた枝をばんばん切落としている。筋肉が付いたお陰で
    ノコギリを自由自在に扱えるのが楽しいと弁ずるので有る。恐るべき!
    午後、ヒコマに出掛け、草取りをする。
    夜、株価暴落をしる。長期金利の上昇を嫌うタメナリ。