終日晴れ、ホトトギスがしきりに鳴いて、爽やかな日和となる。刈り払い機を持って、久しぶりに草刈をする。足は動くが疲れやすくなる。
時々休息をしながら、駐車場を仕上げる。今日は梅雨前線が南に下がり、大陸から乾いた空気が入ってきた。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
-
-
2013年5月30日(木)終日雨
お天気はすっかり梅雨模様となった。準備の為ヒコマに出掛ける。足底装具を付けて室内を歩いてみる。ギブスを外した足が支えられて
いるようで、歩きやすい。雨が小降りとなり、暫し草取りをする。ホトトギスが鳴く。夜、粗食飯。 -
2013年5月29日(水)梅雨
お天気は梅雨模様となる。午後、整形科にて足の土踏ますを支持するサポーターをつけてもらう。これをつけて歩みだすと、歩くことが出来る。
これから少しづつ歩く練習をすることになる。足はむくむこともあるという。あせらずに訓練すべし。予約も入り始める。
夜、久しぶりに愛妻と「ゆり」にてチキンカツとグラタン飯。先客も同世代と思われる二人連れ。市内の食べ物屋さんでよく見かける。
「ゆり」の大将、奥さんも同世代だ。美味しい料理を堪能した後、ひとしきり、70代に突入する、日常生活のふがいなさを嘆きあう。
しかし、最後にはお互いに「やることがあってよかったと!」いうところで落ち着くのである。帰宅後、TVをつけると、三浦雄一郎氏の
帰国挨拶があり、「年寄りの半日仕事」いうことを弁じていた。普通一日でやれたことは、二日でやると心得ておけば、老人生活に
通用するというのだ。この精神忘れるべからす。 -
2013年5月28日(火)曇、涼
朝、焼き立てパンを得る。午前中よりヒコマで草取り。昼食は、ライフの甥と待ち合わせて、栃木の成都酒家に飯。ヒコマにもどり再び草取り
夕に至る。ホトトギスの鳴き声頻りなり。他、特に記す事無。 -
2013年5月27日(月)薄曇、涼
朝、孫をアウトレットモールのバスターミナルに送り届け、途中、昼の為に俵寿司にて稲荷寿司を得て、草取りの為に、ヒコマに向かう。
今日のお天気は曇り。極めて涼しい。草取りは大分はかどった。しかし、午後の中盤にかかるころになり、いささか、疲労を覚えて
草地に横臥、休息をとる。気が付くと、雉、ホトトギスの鳴き声が庭内に響き渡る。名も知れない、野鳥のさえずりもとどく。
午後の光線をえうけて白く輝いている野バラが原の向こうに見える。まったくのどかである。このごろは、自分の人生は草取りの為に
残されているような気もする・・・・。夕、帰宅後、風呂に入り粗食飯。自動車を運転して好きなところに行けるのは素晴らしい事だ! -
2013年5月26日(日)晴、涼
やっと、ギブスを外して店の中を歩き回れるようになった。しかし、足は痛み、むくむのです。今日は、脚がむくんだ。足首もふくれた。
しかし、回復に向かっていることは、確かでそれが、心強い。今日も渡良瀬川橋上にて落日に逢う。 -
2013年5月25日(土)曇
お天気は曇りがちとなった。「リラク」の取材有。ローストビーフを焼くところを写真に撮って貰う。11時を回りまもなくして、次々と来店有。
孫達は草刈、草取りに励むなり。他、特に記す事無。 -
2013年5月24日(金)晴、乾
お天気は上々となる。昨日に続き、野外作業の草取り。明日は孫も草刈に来るという。午後、3時、外気温29度。しかし、木陰のベンチに
横臥して読書をしていると、非常に涼しい。半袖では寒いくらいである。4時半28度。カルフォルニアの夏のような陽気となる。 -
2013年5月23日(木)晴、乾
朝、ラジオで、成田航空が開港35年を迎えたと云う話があった。その時、僕は35歳であった。中国、韓国貿易をやっていた。
だから、国際線に乗るために、浜松町あたりから、モノレールに乗り羽田から毎月出掛けていました。成田の開港初日であったか
、物々しい警戒の間を通って、エアラインカウンターにたどり着いたときは、ホッとした思い出がある。何しろ検問所が3~4箇所も受けてあり
50人くらいのおまわりさん達が疑わしい目で見ているから、何も悪いことをしているわけではないが、胸がドキドキしたものだ。
同じような気持ちは、香港経由で、深川を通り広州まで入る時も、国境で両側に20人ほどの人民解放軍の兵士達が両側に捧げ筒の姿勢で
整列している間を、手荷物とトランクを持って、とぼとぼと先の検問所まで歩いてゆく時の気分も同様であった。
時には、滞在が10日位になり、何の娯楽もない時代であるから、ハードカバーの本を5~6冊入れてあるから重かった。その当時
中国はまだ、華国鋒書記長の時代で、毛沢東の影響も色濃く残っていた。あの頃は、今日の中国の姿は想像できませんでした。
ホテルで一緒にくつろぐ、中国を詳しく知る諸先輩も「この国はいつかきっと途中で分裂するから、発展は困難である」との見解が
大勢を占めていた。と、当時の事を思い出した。
昼、粗食飯。TVでは三浦雄一郎老生が「エベレスト登頂」との報有。毎日、トレーニングの為に25キロの負荷を得て生活していた様だ。
素晴らしい!僕も物理的な質量を有する負荷ではないが、人生の重荷を背負って坂道を登るがごとくの日々を過ごしている。
ところで、愛妻はこの40日余の間に、両腕の筋肉が発達して腕が太くなったと言う。毎日、買い物の為に、僕を車椅子に乗せて
押していた為だと言うなり。今日は、高枝きりノコギリを買ってきて、虫のついた枝をばんばん切落としている。筋肉が付いたお陰で
ノコギリを自由自在に扱えるのが楽しいと弁ずるので有る。恐るべき!
午後、ヒコマに出掛け、草取りをする。
夜、株価暴落をしる。長期金利の上昇を嫌うタメナリ。 -
2013年5月22日(水)晴、暖
午前中は録画せし映画を観る。昼、粗食飯。午後、厚生病院整形科訪。先生は経過は順調であるとおっしゃる。先生と一緒に記念写真
を撮る。自動車運転はオートマはよろしいだろうが、マニアル車は、あと一ヶ月ほどは無理であるとのこと。
思い起こせば、4月14日より四拾余日、艱難辛苦の日々であった。愛妻は「連休中の苦労は筆舌に尽くしがたし」と弁ずる。
思わず、落涙・・・・。帰宅後午睡。夕、外出。渡良瀬川橋上落日を望。あと一歩で、日常生活にもどれるとは慶事なり。
夜、ピノキオにてピザ飯。帰宅後、自分で歩いて風呂に入れた。喜ぶべし!