足利、6時の外気温は14℃。飛駒7時半の外気温は3℃。室温18℃。
11時、ローストビーフ完成。Facebookの知り合い來。続けて三々五々來。
かくのごとくして一日は過ぎにケリ。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2012年11月9日(金)晴、風有
朝より、織姫検診。バリュムを飲みレントゲンを撮るときは非常に緊張。
昼より飛駒に出掛け、明日よりの準備にかかる。昼食はマルタカの玉子パン、
サラダパン、コロッケパン。皆美味ナリ。暖炉、しきりに燃やす。冷えたヴィオニエ
を飲むがパンにマッチ。暫く、Facebookの「美食倶楽部」の交流サイトを閲覧。
iPhoneで写真を撮り、掲載。かくのごとくして一日は過ぎケリ。 -
2012年11月8日(木)晴
朝、録画せしアンジェリーナジョリーの活劇映画を観る。昼、飛駒による途中
閑馬に在る「あいば」にて新そば飯。客席が丁度人が入れ替わる時刻で
あった。生憎、まだ風邪が抜けず、新そばの香りは得ることは出来ない。
しかし、ここは普通のもり蕎麦が街のそれと比べて量が倍近くある。
蕎麦湯もミネラルがとけているポタージュのような風合いを舌で味わうことが
出来た。このポタージュのような蕎麦湯はミシェランガイドに掲載されている
両国の江戸蕎麦「ほそかわ」を思い出させる。その「ほそかわ」にも
ご無沙汰だ!兎も角、風邪を治そう。
飛駒15時半の外気温は16℃。 -
2012年11月7日(水)晴
8時半の外気温15.5℃。昼、飛駒に向う。パスタ飯。室内清掃。
3時の外気温16.5℃。庭内、秋が深まる気配。他、特に記す事無。 -
2012年11月6日(火)雨
8時半の外気温は13.5℃。終日雨。昨深更、繁昌記の更新に手違いのある
ことに気付き、修正。大統領選挙の進展に注視。昼、風邪気味なので
汗をかいて状況の払拭を期し東海苑にてチゲ鍋を飯。しきりに汗をかく。
午後、録画せし「転校生」を観る。昭和54年の作品。
夜、広東料理の「強記飯荘」に飯。美味ナリ。風邪気味の舌が戻った!
他、特に記す事無。 -
2012年11月5日(月)曇
8時の外気温10℃。終日曇。まるで、ヨーロッパの冬のようだ。終日炬燵で
休養。HPアクセスが40万を越えた!慶賀の至りであります。
思いおこせば、幾星霜、艱難辛苦を乗り越えHTMLの学習、iPad、iPhoneの
キボード入力の習得等々腐心したのであります。しかし、これだけの数字の
USドルがあればもっと嬉しいのだが・・・・、所詮は幻だ。余分な事は考えず
今日の一日が無事に終着したことを無邪気に喜ぼうではないか! -
2012年11月4日(日)晴
足利5時の外気温は10.5℃。飛駒7時半の外気温は2℃。山間部は
冷え込んだのだ。7時50分よりローストビーフを焼き始める。
風なく陽射し有、天気は上々。11時半の外気温は18℃。
この頃より来店有、夕方まで続く。昨年来店されたmini愛好家の人が当店の
HPに掲載せし営業カレンダーに誤りを発見!報告を受ける。うかっであった・・・・。
4、11、18日と「営業」の印を付けし損じたのだ!!!
作業の途中で、注意が他にそれて、閉じてしまったのだろう。
歳はとりたくないものだ・・・。早速修正。iPadで確認。どうりで、今日は問い合わせの
電話が多かった気がする。大型犬來。愛猫家も來。終日賑わう。
店、19時の外気温は10℃であった。 -
2012年11月3日(土)晴、風有
足利5時半の外気温は9℃。7時50分飛駒の外気温は3.5℃ナリ。暖炉しきりに
燃やす。三々五々人來。ライダーも來。18時の外気温は7℃。他、特に記す事無。 -
2012年11月2日(金)晴、風有
疲れを覚えて、終日休養。ニュヨークも被害も相当なものであるらしい。
予約が、次々と入り始める。有難きかな。
この頃、トニージャット著の「ヨーロッパの戦後史」を読んでいる。扱う時代は
1945年~2000年であり、ヨーロッパの対局でき地域である極東でも経済的
、政治的、国民生活の発達が同時代的に進展していたところが面白い。
一つ歴史の視点をえると、その視点を活用して、極東の包活的な方向性も
見えてくる利点がある。下記に帰すのは、非常に今日的な市民性格の中で
意識化に潜在している、一つの認識をあぶりだしている文章であるとおもう。
「ヨーロッパの人びとは半世紀近くにわたって、自分たちの問題について
国家と政府当局が占める割合が着実に増大するのを目のあたりにしてきた。
このプロセスがあまりにもありふれたこととなったので、
その背後にある前提―活動的な国家は経済成長と社会改良の必要条件であるということ―は、当然なこととして概ね霞んでしまっていた。」 -
2012年11月1日(木)晴
朝、クロワッサン飯。米東海岸、ハリケーン被害の報有。午前中より二人で飛駒。
掃除、営業の準備。昨日渋谷で観た「桃(タオ)さんのしあわせ」の終盤に
漢詩が出て来た。その詩が非常に効果的であった。作家、作品の名前を
知りたいので、ル・シネマに訊ねると、配給会社の連絡先を紹介してもらう。
作者は晩唐の李商隠。無題。早速Webを検索。中々、艶っぽい作品だ。
無題
相見時難別亦難、東風無力百花残。
春蚕到死絲方盡、蝋炬成灰涙始乾。
暁鏡但愁雲鬢改、夜吟應覚月光寒。
蓬山此去無多路、青鳥殷勤為探看。
無題
相見る時難く別わかれるも亦難し、東風は力無く百花 残(そこなう) 。
春蚕 死に到たりて、糸方に尽き、蝋炬 灰と成り、涙 始めて乾く。
暁鏡に 但 愁 雲鬢を改め、夜に吟ず 応に覚える、月光の寒
蓬山 此より去ること多路無し、青鳥 殷勤 探り看ることう為さん。