昼前に明日からの準備の為、飛駒に出掛ける。緑、一段と濃くなる。ホトトギスしきりに鳴く。
梅の実を収穫する。梅ジュースを造る為なり。今年は豊作だ。夜、粗食飯。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2011年6月9日(木)晴
気晴らしをせんと、二人、銀座にて、シネマを観る。浅草に出て散策。夕、国際通りにて中華飯。
どの繁華な街も、和人ばかりで、新しい時代にとば口に立ちたる気分なり。 -
2011年6月8日(水)晴
終日休息。峠より見える建築物を確認する為、車で、市中を探す。夕、織姫山散歩。
リビヤ情勢定まらず。庭にて、ターシャのところから来た、植物に実が付いた。 -
2011年6月7日(火)晴、涼
朝、焼きたてパン得る。昼前二人飛駒。余輩、草刈に専念。郭公鳴く。他、特に記す事無。
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2011年6月6日(月)晴
午前中、自宅庭掃除。午後、飛駒草刈。須花峠より足利方面眺望。余輩はこの、
峠からの眺望が好。峠は過去と未来の時空間を分かつ分岐点のような気がする。
市内は、人間が拵えた今までの世界。須花トンネルをくぐると、まだ立ち入らぬ未来に
突入するような気分になる。草刈の途中で、緑陰のイスに腰掛けて休息していると、
南東より乾いた空気が体のそばを通り抜けて行く。天然のクーラーの如し・・・。
夕、帰宅。織姫神社散策。写真で見る織姫神社は平凡でフラットな感じがするが、
実物をみると、コンパクトだが、立体感がある。 -
2011年6月5日(日)薄曇
犬連れの多い日となる。ローストビーフも完売。桑の実が熟し始める。つい先日、花が咲いたばかり。
と、思い、日付を確認すると、5月14日であった。光陰矢の如く、「歳月人を待たず」の譬えあれど、
願わくば、今しばらく、恙無きところに身を置き、末の世の過ぎ行く様を眺めながら、古酒のなどを
味わってみたい・・・・・。 -
2011年6月4日(土)晴
ローストビーフが焼きあがった頃ハーレー來。三々五々人有。庭内散策する人も有。雉、しきりに鳴く。
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2011年6月3日(金)晴、暖
朝、焼きたてパンを得る。午前中より二人で飛駒に出掛け、店の準備。余輩はもっぱら草刈。
鉢で育てたズキーニが実をつけた。昼、パエリャを作り飯。
午睡後読書。ロラン・パトル著「中国旅行ノート」を読み始める。著者は中国の政権闘争であった
文化大革命が終盤に差し掛かった1974年4月11日より1週間の中国グループ旅行を
試みる。その、中国での日記である。彼は、どこを案内されても、組織をたたえる台詞しか見出すこと
が出来ない、ふがいなさが、ページのあちこちに見受けられる。余輩も、この時代、中国に出掛けていった。
人民公社も見学したことがある。どこで、説明を聞いても紋切り型の言葉で応対される。
翻って、今日の周辺を見渡すと、メディアから流れてくる、具体性のない言葉は、あの時の
状況を暗示するようだ。 -
2011年6月2日(木)雨
震災を過ぎること80日余。普通の生活を、営なめる事の有難さを、しみじみと味わう、今日この頃である。
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2011年6月1日(水)曇、寒10時半の外気温11度
昼前より二人で飛駒に出掛ける。裏駐車場の草刈をする。6月になったと言うのに、労働をしていて
体が冷える。樺太に居るようだ!昼食後、暖炉を燃やし、体を温める。
ヨーコさんは、寒くないと言う。「かっちゃん!お医者さんで見てもらったほうが良いんじゃないの」
とのたまう・・・。午後、休息。夕食時、TVニュースでは官庁のクールビズの光景が映し出されている。
しかし、我が家では、炬燵に入り、鍋料理を楽しんでいる。この同時空的差異が不思議だ!