朝、焼きたてパンを得る。午前中より二人で飛駒に出掛け、店の準備。余輩はもっぱら草刈。
鉢で育てたズキーニが実をつけた。昼、パエリャを作り飯。
午睡後読書。ロラン・パトル著「中国旅行ノート」を読み始める。著者は中国の政権闘争であった
文化大革命が終盤に差し掛かった1974年4月11日より1週間の中国グループ旅行を
試みる。その、中国での日記である。彼は、どこを案内されても、組織をたたえる台詞しか見出すこと
が出来ない、ふがいなさが、ページのあちこちに見受けられる。余輩も、この時代、中国に出掛けていった。
人民公社も見学したことがある。どこで、説明を聞いても紋切り型の言葉で応対される。
翻って、今日の周辺を見渡すと、メディアから流れてくる、具体性のない言葉は、あの時の
状況を暗示するようだ。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。