複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 朝、織姫山散歩。山頂よりスカイツリー望。西に、完成した日赤病院、その上に高崎市内が見える。白い浅間山も見えた。帰宅後再び市中散歩。河南に渡り、昼、仏食飯。ワインを呑んだので、疲れがどっと出て、やむを得ず、ヨーコさんに電話して、迎えを頼む。帰宅後、日当りの良い部屋で、読書、午睡、読書。夕、織姫山散歩。途中、山道にさしかかり、藪の中より、ガサガサ、ブウブウと猪の気配有。帰宅後、粗食飯。TVでは東京大空襲の事を報ずる。思い出して、
    永井荷風の日記「断腸亭日乗」昭和20年3月9日
    のページを読んでみると、10日未明、自適生活と彼の文学のコアな部分であった「偏奇館」が空襲で焼ける。以後終戦まで約150日間、親戚、知人を頼り、過ごす日々の日乗は読者にシンパシーを抱かせる部分だ。