朝、織姫山散歩。桜開かず。鑁阿寺を経て電柱の消え、明るくなった昭和通りを歩。昼、編集氏來。昼食を交えて歓談、互いの無事を確認。午後、読書、午睡。夕、再び織姫山散歩。風有、木蓮の花びら散る。「花に嵐」の喩えどおりの日和となる。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2011年3月30日(水)晴
再び今朝、袋川にて桜の蕾を撮影。昨日より撮影条件が改善された為なり。今、雷が鳴り響く中を、確認のために桜を見て来たが、まだ、咲いていない(備忘の為記す)。午前中、二人で飛駒に出掛ける。昼、ニョッキを作り飯。午後帰宅後、河南に歩。アピタ付近にて孫に会う。一緒にドーナツを食。河南は春休みの子供達で賑わい有。孫に読み終わった「ハーバードの世界を動かす授業」を貸すことを約す。
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2011年3月29日(火)晴
終日休養。袋川の桜の蕾色付。他特に記す事無。
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2011年3月28日(月)晴、寒
午前中、病院にて定期健診有。概ね良好にて安堵。午睡後読書。夕、陽射しを浴びて歩、織姫山に至る。明るい日差しを浴びる市中は何事も無かったように映る。この頃のニュースを観るに付け、鴎外著「渋江抽斎」に出てくる、維新後の、津軽藩江戸詰め一行が、国許に移る苦労の事柄を思い出す。
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2011年3月27日(日)晴、寒
朝、冬の如し。暖炉を燃やす。午後を過ぎて夕に至り、二階の西窓より、陽光、東に在る暖炉の壁に射し居る。彼岸を過ぎた印である。
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2011年3月26日(土)晴、寒風有
陽射しは春めいてくる。来月の今頃は草刈を始めなければならない。暖炉頻りに燃える。他特に記す事無。
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2011年3月25日(金)曇
朝、準備の為店に出掛ける。飛駒のスタンドで燃料満タン。周辺の原っぱ、緑いや増す。春は粛々と近づく、今日この頃なり。
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2011年3月24日(木)晴
昼前、孫、通信簿を持ち來。息災にて学業に励めたことを褒めて、「ピノキオ」にてピザを飯。片付けは納戸に至る。イタリア製の短靴が三足出てきた。かつて、‘70年代に履いていた物だ。しかし、途中より、フローシャムのウイングチップをビジネス・シーンで愛用するようになり、納戸の奥にしまい忘れていた。靴底は革。歩くとコツコツと懐かしい音がする。手入れをして履く事にする。夕、織姫山散歩。夜、粗食飯。
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2011年3月23日(水)晴、寒
袋川の桜は蕾を持つ。常の世であれば、今頃は、開花予想が盛んに報じられる。早目の昼食に粗食飯。停電を避けるためなり。停電ならず。午後、墓参。帰宅後、炬燵に入り読書。午睡。夕、織姫散歩。落日、山稜に沈む。
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2011年3月22日(火)小雨
午前中、市中散策。スタンドはクロウズ。昼、山井でラーメンを買い、飯。午睡後読書。停電有。運動の為、織姫山散歩。神社の鳥居を何気なく見ると、大正12年7月寄贈とある。関東大震災は大正12年9月1日11時58分に発生した。猪瀬直樹著「マガジン青春譜」によると、関西の生家に戻っていた大宅壮一は、この日、鉄道で上京途中、箱根手前でこの震災に遭遇。不通になった鉄道を離れ、昼夜を掛け、東京まで歩いたと云うことを思い出した。帰路、薄暮の市中を経て帰宅。夜、蝋燭の明かりの中で、すき焼飯。