複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 朝、例の如く、織姫山散歩。山頂、風無く春の如し。神社を拝し石段を下り、渡良瀬河畔に至り、しばし川面に集う水鳥を眺める。なお、足取り軽やかにして、浅間山頂上に至り眺望を楽しむ。帰宅して歩数を確認したら1万歩あまりであった。

  • 終日家に留まり、記すこと無。

  • ヨーコさん、看護はさておき、少し気晴らしをしたいと言うので(僕もいささかうんざりしている)、神楽坂に出掛ける。車で9時半出発、行きは僕が運転。途中、首都高の飛鳥山トンネル手前で、富士山の雄大な姿を見る。10時50分、神楽坂毘沙門天前の駐車場に到着。周辺を散歩後、ブション・リオネにて昼食。1時過ぎに帰路に着く。疲労感無い。

  • 例により織姫山散歩。眺望好。脚軽やかに感じて、渡良瀬河畔を渡り南に下り、某電気店を覗き、帰路に着く。歩数12000歩。夕刻、疲労感甚だしく、早寝をする。

  • 朝、例のごとく、織姫山散歩。山頂に立つと、寒袋より生じるごとく烈風有。寒に耐えること暫し。都心、幕張方面望む。浅間山あらわれず。帰路、織姫神社を拝し、階段より本通りに出て、鑁阿寺境内を経て安着す。

  • 午前中、常のごとく散歩に出る。今朝は、珍しく、車で織姫山1600メートル南の浅間山中腹を目指す。山腹より始まる山道は浅間神社まで雑木の落葉を敷きしいた山道が続く。散歩を始めて程なく北端山頂に到着。対岸に、順光線を浴びる足利市内がくっきりと広がる。西には赤城、榛名、浅間山、南には富士山を望む。暫く山頂にたたずんでいると、麓より登り来る、古老が神社の由来、眺望の説明を始める。山頂まさに、小春日和の気配。余輩は互いに語らいつつ、下山する。

  • 午前中、織姫山散歩。山頂にてパワーを貰う。
    昼食はピザを食べる。夕食は粥にてすませる。

  • 午前中、織姫山まで散歩。山頂からの眺望は、期待通りのものであった。
    南に東京のビル群(76㌔)
    その右に富士山(126㌔)
    やや西に荒船山(74㌔)
    その右に雪の浅間山(82㌔)
    山頂に留まること20分、気のエネルギーを得る。
    午後、イオンにて「ワールド・オブ・ライズ」を観る。夕飯は茶碗蒸しのみ。

  • 午前中は病院で背骨の具合を看てもらう。経過良好。昼食は森田屋にて飯。帰宅後、ヨーコさんの借りてきた[華の乱」を一緒に観る。与謝野晶子の映画であった。晶子は10人の子供を育てながら、スランプに陥った夫、与謝野鉄幹を励まし、筆一本で家計を支え奮闘する姿が、描かれているのを観て、ヨーコさんは頻りに感激していた。彼女は大正時代の「ウルトラ・スーパー・レディー」であった。夕飯は粥。

  • 今週の月曜日は好天に誘われ、午前中、杖を持ち、付近の織姫山まで散歩をした。陽だまりを歩くことは大変楽しい。1時間ほどの散歩であったが、これは、いささか、冒険のきらいがあったことを、夕方になり知った。夕飯前より、胃腸に不快を感じ、夕飯も食べずに寝込んでしまった。その夜は、胃が苦しく一睡もせず、翌朝、主治医に駆け込んで、診断をあおぐと、胃腸関係の風邪であろうという事で、点滴をしてもらい、終日安静を保つ。
    6週間の入院中、僕は「高齢者」のカテゴリーに入り、思いのほかの、体力減退が生じたことをしみじみと思うのです。
    ところで、先週の朝、ラジオの読書案内で、「ミレニアム」という小説が紹介された。著者はスウェーデン人、現在、ヨーロッパでブレークしていると言う。僕は、書籍紹介の中でその「スウェーデン作家」と言うところに耳をそばだて、四十年前に愛読した「マルティンベック・シリーズ」の警察小説を思い出した。シリーズは10冊の推理小説仕立ての刑事物で、当時のスウェーデン社会を描くという内容のもので、僕としては、地球の反対側にある、超先進的な福祉国家でのライフスタイルや、その社会の病巣も浮かび上がってくるところが、娯楽読み物以上に手ごたえのある小説であったとの記憶がある。
    つまり、その当時、日本で暮らす、僕等が向うべき方向の最先端に到達している社会をうかがい知る物語として読んでいたのだと思う。
    紹介された「ミレニアム」であるが、早速、書店にて買い求め、読んでみた。
    物語は1966年にスエーデン中部のある地方都市で発生した一人の少女失踪事件を解明する為に二人の人物を登場させ、東洋ではなじみの薄い、近代スエーデン社会の発祥おも俯瞰しながら、今日の時制で物語りは展開する。僕が興味深かつたのは、戦前のスウェーデン社会の一部にはナチズムにも共鳴する人々もいたと云う事だ。
    余談でありますがーーー偶然にも1966年、僕は無銭旅行で、この物語の舞台付近に立ち寄った経緯がある。日本は「東京オリンピック」の翌年で、ラーメン一杯は35円であた。ところが、当地に来て、オープンサンドを一片買い求めたところ、100円もして、とめどないカルチャーショックを受け、世界の深遠なる事を体感した記憶がある。
    もう一つのショックは、スエーデンの街を散策して、ふと公園に立ち寄り、暫くして、再び街に出てみると、先ほどまで人で溢れていた街より人が消えていたのである。時刻は夕方の5時頃でであったと思う。その頃の日本では沢山の雑多な商店は夜遅くまで営業していて、何処にでも人の気配があるのが当たり前の時代であった。旅行した季節は夏であったから、夜中になっても明るい白夜の季節。立派な道路に驚くほど少ない交通量、とめどない寂寥感を得た思い出があるーーーー。
    ところで、この「ミレニアム」はこんな予備知識や思い出がなくても、最初のページから、物語にぐいと引き込まれ、十分楽しめる小説だと思う。兎も角も、読み応えのあるフィクションであった。
    話は変わりますが、皆さんは「ロッキード事件」と云う物をご存知ですか。昔アメリカの航空機会社が日本での営業活動の一環として、日本政府高官に積極的な営業活動を展開した結果、つまりは、買収事件が生じその事が大々的に報道されたのでありました。その頃は、その報道も半信半疑なところもありましたが、つい最近、日本の某建設会社の裏金資金がニュースで取り上げられ、その資金は、主として後進諸国での某社の受注活動を円滑にする為の営業経費であると報道されてた。
    「ロッキード事件」は日本のメディアで連日報道されていたが、この建設会社の資金に関してはその後の追跡報道は聞かない。このことは、例えば浸透膜の内と外の事象のごとく世の中がはっきりと見えてくるような気がして興味がわき非常に勉強になりました。
    さて、高齢者の仲間入りをして感じることは、旅行に喩えるならば、若い頃は、その訪ねたところが気に入れば気軽に再訪できるのであるが、現在は、そんな余裕はなくなったような、奇妙な切迫感が生じていることで、言い換えるなら、その日、その時を悔いの無いように、潔く過ごそうという気分になったことだ。
    今年も残り少なくなってきたが、日々の安寧を願うばかりである・・・・。