複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 今日より師走だ・・・。朝寝坊をする。昼食を兼ねて、チョコレート菓子パンとコーヒーでのんびりとした一時を得る。普段はどうもせわしない。特に自転車で通勤すると、往復で40キロだから、時間を要する。その後の生活リズムも順次あわただしい。この方が、亡妻の事に気持ちを持っていかれる頻度も少なくなる。しかも、疲れるから、夜はぐっすり眠る事が出来る。この頃、睡眠の質が大切に思われる次第。食後、日差しを浴び長椅子に横になり、You
    Tubeで見つけた「浮草」と謂う映画を観る。小津安二郎監督の作品だ。その後読書。夜、粗食飯。

  • 午前中、歯科訪。入歯の調整完了!。モノが少し噛めるようになった。その足で飛駒に向かう。例の須花坂を越える時、焦らずゆっくり自転車のペダルを踏み、着実に登り坂をこなして、飛駒の谷に入る。今日は足が痛くならないので一安心。やはり、急に筋肉を使ったのが堪えたのかもしれない。ヨーコさんが居れば、「勝っちゃん!あまり無理をしちゃぁいけませんよ!」と物事が酷くなる前に注意されて、止めることになるが、今はそうは行かない・・・。兎に角、無事に店に到着。店番をして人が来ないので帰宅。炬燵に入り、先日、図書館を訪ねた際、松本清張の本が並んでいたので、借りて来た、その本を読み始める。ヨーコさんと二人で最初に会ったころ、お互いに、松本清張の本を読んでいるという事で、話が盛り上がった時があった。あの頃は「ゼロの焦点」「点と線」に出てくる播但線という言葉や、高木彬光の「成吉思汗の秘密」なども話題になり、その時の事が無性に懐かしい。当時はベストセラー社会派作家松本清張絶頂期で、今よりも、社会の本質を抉り出すことにジャーナリズムも熱心であった時代だ。この本は、清張晩年の作でタイトルは「神々の乱心」。昭和8年頃の宮中、政界に潜む新興宗教にまつわる推理モノで、舞台に佐野や足利の描写が出てくる。例えば「佐野町は栃木県の西南端で、渡良瀬川に沿っている。熊谷市から直行すると利根川を渡り、館林町を過ぎ、渡良瀬川の橋が終れば佐野町に近づく。それまでは一面の平野で、二つの川敷を除くとほとんどが桑畑であった。
    北にあたる正面は空を塞ぐ連峰で、裏は日光につづく。左手は足尾山地、赤城山となる。足尾銅山の崖下を洗う渡良瀬川は採銅鉱の土泥に濁って峡間を奔り、六里にして赤城山が目の前の水沼で左折する。桐生、足利の各市と佐野町が間隔をおいて川の北岸にならぶ。桐生より北は群馬県。」さらに「佐野荘は鎌倉時代から地方豪族の佐野氏がその付近の地域とともに領していた。近世に家康によって廃せられたが、古河藩の堀田家の分家が佐野に置かれ、正敦(まさあつ)のときおよそ一万六千石となった。ここには陣屋がおかれた。
    吉屋は埼玉県にくる三年前まで、栃木県足利署の捜査課主任として二年間勤務した。その二年のあいだ栃木県内はよく知ってもいるし、歩いてもいる。この佐野に来るのも、途中の通過を入れると何度目だかわからなかった。」
    今、老輩が住んでいる付近の昭和8年頃の描写が面白いではないか!思うに、この文体は森鴎外先生の「渋江抽斎」の如くな名文だと思う次第。権力の頂点には宗教にまつわる話がつきものである。ロシアのラスプーチン、レーガン政権時代の星占い、日本会議のバックにあるモノ、今、問題になっている韓国の朴政権の周辺。興味をそそられる事頻り也。

  • 今朝も自転車で店に向かったが、トンネルを過ぎて、飛駒の谷に降りたあたりから、左足の膝裏が痛みだして、力が入らない。しかし、向かうは緩やかな登り坂が6キロ余り続くコースだ!仕方がないので、右足で補い。無事、店に到着。通常より20分余り時間がかかった。10時半の外気温は13度。室温20度。今日は昼の予約があるので、暖炉に火を入れ、早速営業の準備をする。昼に至り、古河より先日来知り合ったS氏夫妻I氏夫妻来。昼食後、断腸亭日常を話題に歓談。帰路、心配していた左の足は回復したており、家まで自転車で走りとおせた!晩夕鮟鱇鍋を拵え飯。

  • 朝食を済ませる頃より晴れて来た。久しぶりに運動の為に、自転車で飛駒に出掛ける。一週間程自転車に乗らないと、大分筋肉が衰える。老人の体は若い頃と違い、衰えが早い!だから、須花坂を越えるのに難儀をする。坂道を「うんうん」言いながら自転車をこいでいる最中に、「こういう事がいつまで続けられるのだろう」という考えが一瞬頭をよぎるが、深く考える事もないと思い、 登る事に集中する。兎も角も毎日、目先の事だけに集中して過ごせば、己の役目は完了すると思う次第。飛駒川に沿って走っていると、傍らの藪で、雉の鳴き声がする。何と!老輩が自転車に乗る姿を華麗な姿の雉が眺めている。挨拶をして店に急ぐ。到着11時、外気温13度。暖炉に火を入れ、店の掃除。昼に至り、人無・・・。粗食飯。暫く薪割をする。2時半の外気温は13.5度。クリスマススペシャルの予約も入り始める。有り難き哉。

  • 朝より曇りがちなお天気となり、出足を心配していたが、ふときずいてみたら、概ね満席状態!終日炉辺にて焼き物に専念する。店を訪ねてきた人は一様にあまりの居心地の良さに驚く次第・・・・、郁子なるべし。

  • 飛駒、8時半の外気温は1度。室温10度。早速暖炉に火を入れ薪を盛んにくべる。10時、室温22度。昼前より人来。その後、しばらく時をおいて三々五々人来。夜、かねてより誘いのあった留学生との交歓会に出掛け、インド料理を飯。楽しいひと時を得る。

  • 日差しがあるので午前中、布団を干し、田沼方面に出掛け所要をたす。昼、こじんまりしたラーメン屋さんに入る。カウンターがあり、80歳をとうに越えていると思える老人が、簡素なテーブルで食べている。カウンターの中には老夫婦がビックリした顔で佇み、老輩を見つめている。思うに、このお店は、近所のお馴染みさんが愛用する処で、よそ者は滅多に訪れる店ではないのだと気付く。ソバを食べ終わり、御主人に何年生まれであるかと尋ねると「9年!」と答えが返ってきた。そうですか、それでは戦前は大分ご苦労なさったのですね・・・。と話を続けると、「そう!小学校に通っていてよく機銃掃射にあって、石の陰に隠れたり、橋の下に潜り込んだりと怖い思いをしたなぁ~」と話が続き、ひとしきり、歓談笑話なる次第。帰宅後布団を取り込み、炬燵にて読書、午睡。晩夕、お雑煮を拵え飯。かくの如くして、晩秋の一日は過ぎゆく。

  • 朝より雪。午前中、歯科訪。帰宅後、昼食に鍋を拵え飯。午後、炬燵にて読書、午睡。夕、歯に負担がかからない、お雑煮を拵え飯。

  • 早朝よりローストビーフを焼き、今日の営業に備える。昼前より来店有。今日も終日暖炉の前で焼き物に専念する。午後、ミニの御一行31人来、その中にニューヨーク市警で働いている現職のお巡りさんも混じっている。久しぶりにニューヨークの事を話題に談笑。英語が上手いと褒められた次第。記念写真も撮る。

  • 早朝震!その後一眠り。霧が消えて上天気だ。布団を干して、店に出掛け、テラスの7番にて、人を迎える。野鳥が盛んに啼き、うららかな日差しのもと寛いでゆく也。用心のため車のタイヤを冬用に交換する。