今朝は殊の外寒い日だ。自転車で店に向かうのには、寒くてもあまり厚着はしない。何故と謂うに、峠で激しい運動をするので、厚着をして、あまり汗をかくようであると、大変なので調整が微妙だ。しかし、今朝は寒い!床屋さんを済ませたばかりの頭は、もろに寒い空気にやられるから、モーガンの時に使用していた、革のヘルメットがあるので、それで頭をすっぽり覆い、マスクをして出掛ける。ふと気付くと、自転車で通勤を始めて半年が経過する。始めるときは左手の薬指と親指に力が入らなくて、困っていた。日常生活でも不便であったが、その事は、年齢的に仕方がないものと回復をあきらめていた。それで、左ハンドルに付いている減速調整ギアのレバーを押す時に、指に力が入らないから、わざわざ右手を左のハンドルに挿し渡して、切り替えをしていた。走りながらこの作業をするのだから、危なっかしい限りである。しかし、それが、いつの間にやら、左の人差し指と親指もちゃんと機能するようになったのだから不思議だ。今考えると、あの時は、運動神経を司る部分の一部に不具合が生じ、テンポラリーな不随になっていたのではないかと思う。そんなことがあっても、強引に、毎日自転車に乗って通勤していて、身中の血液の循環は活発になり、不具合の処も修復されてしまったのではないかと思う次第。このまま、冬の自転車通勤が出来るかどうかは不明だが、風邪を引かないように心掛けながら挑戦するつもりです。店は昼に至り三々五々人来。ヘリコプターも来。今日は、お店を手伝ってもらう若人と月末のスケヂュールの相談をする。老輩はお正月は独りで家に居ても面白くないので、店をやりたいと言ったら、「協力しましょう!」という事で、話がまとまる。夜、粗食飯。映画のサイトを調べたら「ノーマ東京」が上映されるとあるではないか!

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2016年12月10日(土)晴、風
朝よりやや強い風が吹く。昼前より、三々五々人来。小山方面より来た人は、「食事内容もさることながら、恵まれた環境に暫し、身を置くことが出来、美味しいランチも戴いて、命の洗濯が出来た!」と頻りに感謝のお言葉を戴く。うれしい限りだ・・・。帰宅後、日誌を調べて、2年前の昨日は、老輩は盲腸炎騒ぎで、その日の午後、老妻の煩わせ、近所のお医者さん、そこから足利日赤と付き添ってもらい、初期の段階の盲腸は薬で対処してもらうが、二人で病院から帰宅したのは、騒ぎが始まってから6時間後であった。その一か月後には老妻は死んでしまった。その事に思いを致すと、人の命は儚いものだとつくづく思う次第。老輩もいつ死んでしまうかわからないのだから、生きている間は、せいぜい大切に扱ってもらいたいものだ・・・・。
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2016年12月9日(金)晴、暖
午前中布団を干す。午後、飛駒に出掛け沢山のローストビーフを焼く。夜、足利市内の企業の慰労会パーティーがカフェブロッサムで行われる。夜空に星輝く・・・・。
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2016年12月8日(木)晴
風無く暖。午前中より布団を干す。今日は真珠湾の記念日だ!老輩はハワイに出掛けてもパールハーバーは寄ったことはない。老妻も同様だ。何故と謂うに、ある時、中国の西安を団体旅行で訪れ、城砦見学で皆と離れて通路を迷った処に、見学する室が現れて、そこは誰も人が居なかったが、日本軍の悪行狼藉を写真で展示した場所であった。後ろ手に縛られた人の後ろに刀を振りかざす兵隊の写真、首を落とされた人間の写真等が展示してある。老輩が大人になるまでには、身近な人より、兵隊の時に、中国でした事に「今でも夢でうなされる事があるんだよ!勝っちゃん!」と告白めいた事を聴くこともあった。だから、気色のわるい気分は避けたいので、ハワイに出掛けた時は、パールハーバーには近寄らなかった・・・。現役時代懇意にしていた年配のカナダ人のビジネスフレンドが「若い頃には、日本軍と戦った。戦闘機に乗ってゼロ戦をずいぶんやっつけた!」と、なにかのついでの時に聞いたが、その時は一瞬不快な心境になった。これは、何がどうのという事ではないが、仕方のない事と思う次第也。清張の「神々の乱心」を読了。渡良瀬遊水地が事件の舞台で、時代は満州事変や昭和8年頃。「満州移民団」「特高警察」と云う風に今では消えてしまった言葉がしきりに出てくる。老輩が子供の頃、敗戦、復興、高度成長というような物語が、始まる以前の時代を過ごした、大人たちの話にはそういう言葉はよく出て来たから、懐かしくもあったのだ・・・。
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2016年12月7日(水)晴、寒
今朝は薄曇りにて極めて寒。身支度を整え、首に襟巻を二重に巻き出掛ける。名草小学校に差し掛かったところで、営業の問い合わせの電話があり、時間に間に合うようピッチをあげる。こういう風に、ハッキリとした目的があると、体内より自然と力が湧いてくるから不思議だ。到着は、ジャスト・オン・タイムであった。柏から来店したグループは、渡良瀬遊水地で気球を楽しんできたと謂う。高さは800メートルまで上昇するという。取り急ぎ暖炉に火をいれ、料理の準備を始めた次第。ヘリコプターの予約も入る。有り難き哉。日没と共に帰宅。今日はタイのあらが手に入ったので、あら汁を拵え冷えた体を温める。
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2016年12月6日(火)晴、風有
飛駒10時半の外気温は14度。激風有。昼、神奈川方面より人来。ブロッサムの為にわざわざ出掛けて来たと謂う也。周辺では、評判になっていると謂う。有り難き哉。
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2016年12月5日(月)晴、暖
朝起きて、身支度を済ませて、いざ出掛けようとしたが、体に力が入らない!73歳の身体は微妙だ!臨時休業にて、終日休息。
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2016年12月4日(日)薄曇
朝より薄曇り。ローストビーフが焼きあがった頃、3人来。あちらこちらと道に迷って、やっと辿り着いたと言う。この店が始まった当初は、3年がかりでやっと辿り着いたという人もあった。最初は、群馬県の梅田の谷奥に入って日没になり、次の年には作原の谷に入り迷い、日が暮れてしまい、やっと3年目にして飛駒の盆地に入り、カフェブロッサムに辿り着いたと弁じ、感激頻りであった。今日では、もうデジタル時代だから、タブレットでマップにピンが立った処に、経路検索でその順を辿れば、何処にでも出かけられるようになった。嗚呼光陰矢の如し・・・・・。夜、寒サバのあら汁で出汁を採り、、柔らかい餅で雑煮を拵え飯。冬の美味也。
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2016年12月3日(土)晴、暖
飛駒8時の外気温は3度。自転車をこいで到着。室温12度。昼に至り24度。外は日差しがあり、風無く暖。テラス席では常連さんが半袖やつでフォンヂュやローストビーフを楽しんでいる!帰路、散髪。帰宅後、Abema
newsでソウルの大規模デモの様子を見る。安保闘争の日比谷公園の如くだ・・・。 -
2016年12月2日(金)晴、暖
朝より、日差しがあり布団を干し、市中に散歩に出掛ける。今日は風もなく中橋を渡る折も、快適であった。帰宅後粗食飯。午後、長椅子にて「神々の乱心」を読む。予約も入り始める。有り難き哉。