複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 朝より厚生病院内科訪。尿と血液検査の結果は前回と同様、変わった数値は出てこないので、このままのライフスタイルを維持するようにと先生はおっしゃる。この三カ月の間に、老生の境遇はドラスティックに変化したので、不安がよぎるところであったが、今日の検査結果が良と出たので安心した。帰路、筑波、雪をいただく男体山、浅間、足尾の山々までもみえて、気分がすっきりした。昨晩は、録画した「小さいお家」を観た。その中で最後のところで、この物語の舞台となった赤い屋根の「小さいお家」が5月の空襲で焼けてしまうところが出てくる。病院の待合室で、名前を呼ばれる間、読んでいた山田風太郎の「戦中不戦日記」の5月の目黒、代官山、五反田にかけての空襲にあう場面が出て来たのだ。そうすると、映画で観た場面を思い出して、あの時代の情景がなんとなく、立体的に思い浮かべる事が出来たような気持ちになった・・・。

  • 今日はなんだか寒い一日であった。炬燵に入り、ヨーコさんが残していった携帯電話を思い出して、どんな写真を撮っていたのだろうと、画像を開いてみると、老生の写真もあるが、概ねが庭に咲いた花の写真であった。植物が好きであった老妻の事をしみじみと思い出した次第。茶の間には残していった鉢もある。世話をする主人がいなくなると植物もかわいそうだ・・・。予約も入ってくる。有難き限り!

  • 独居老人的な境遇に在る、老生の生活を確立させるため、市の保健師さんに足を運んで戴いて、生活相談を受ける。炊事、洗濯等の指導である。毎週一回をうけることにした。午後、ズボンの裾上げにアウトレットモールを訪。散歩を兼ねて店を観て回る。夕方、耳鼻咽喉科訪。耳の難聴はあまり改善はみられないと謂う事で、薬を換える事にする。

  • 終日雨止まず。梅花を裏の窓よりみる。三々五々人来。店が終わり、帰宅したら、近所の友達から電話があり
    予てのように、今月上旬ノースカロライナに旅立ちの予定で暫く来日の予定がないので「お別れを・・・」と云う事であった。、河南の「デリス」にて待ち合わせをして、晩餐を共にする。シャブリを開けて夫妻と歓談。現在は「CHAVA」というエネルギー関係の仕事をしていると言うのだ。アルビン・トフラーが1960年代に説いた如く「世界の変わりようはすさまじく、加速度がついて変化していく」。将来、エネルギーはフリー、食料もフリーになるという。今日の老生の如く「明日の生活の為に、額に汗して働く」と云う事が、意味をなさなくなる世界が生じると言うのだ。しかし、そうなると、人間の根源的な問題である「何をして生きるか」という、形而上学的な問いに正面から立ち向かわなければならない事になる。食べる事や、車で移動する事もフリーの時代がいつ訪れるのかは不明であるが・・・・。宴もシャブリで酔いも回りたけなわ、友人の壮年の頃のビジネス談義となる。デジタル黎明期のカ州におけるジョブスのネクスト、アップルのCEOになりそこねたエリック・シュミットの話・・・。どれを聞いても面白いが、続きは次回という事で再会を約して宴もお開きとなった。

  • 風無く暖。ひと雨ごとに春に向かう心地ぞする。午後、老生来。ライカ他、古いカメラを話題に歓談暫し。フランス語も学んでいる由。

  • 午前中より明日の営業準備をする。午後も作業続行。夕方終了。太田イオンにて映画を観る。他、特に記す事無。

  • 終日雨。友人に連れられ、野木の渡辺で蕎麦を飯。帰路、アウトレットでウインドショッピング。夜、ブタハク。

  • 今日はかねてより予約が入っていたので、営業の為に飛駒に出掛ける。風もなく暖。愛犬家来。県内の北部の人来。皆さん、ゆっくりと寛いでいる。エッセイの原稿が纏まる。

  • 今朝は朝寝をしてしまった。夢にヨーコさんが出て来て、少し愉快な気分である。朝食が昼になったしまった。
    午後はお天気が良いので散歩。午後、読書。山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読んでいる。昭和20年の著者の日記である。毎日、警戒警報が昼夜問わず発令され、疲労困憊する、様子が伝わってくる。例の3月10日の東京空襲のところが出てくる。こういう、一種のドキメンタリーを読んでいると、現在、時々耳にする「自虐的史観」などという言葉がどうも軽率なものに響くのは、私の考え違いなのだろうか・・・・。

  • 今日は予約もあったので店を開けてお客様を迎える。陽気は昨日と打って変われい、4月の様な温かい日和となった。今日もヨーコさんファンの方より献花有。有難きかな。