複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 今日は終日雨。今日も昨日体験した空間に感激した余韻を気持ちに残る。今まで、体験した、ヨーロッパや米国南部、もしくは東海岸に残る、其の地に由来する事を思わせるような空間と比較しても、芭蕉庵のそれは、十分太刀打ちできるモノだ。更に、関東広といえど、あの空間に同質のモノは思いつかない。強いて言えば、笠間の日動美術館にあった魯山人の寓居であったと謂う空間に分け入った時の感動よりも、兎も角もうわまわるモノである事は確かだ。身近な所に、こんな空間があることは幸せのいたりだ。

  • 朝より柔らかい陽がさしている。ローストビーフを焼いていると、東の窓より陽光が床に差し入り、それがはねて、部屋全体にまわるようだ。店を開けると間もなく、人有。続いて庭内の陽射しを楽しみ寛ぐ方々有。店が終了後、久しぶりに、桐生の芭蕉庵に出掛ける。外観も小ざっぱりしているが、店内のありようは昔のままの雰囲気を保ち、時間を忘れる様な空間を保っている。立派である。一つの老舗の在り方を厳然と示している。見習うべきところ多!

  • 今日も寒。朝よりローストビーフを焼く。店が一段落後、セーターを着込んで、苔の周りの草取り、清掃をする。4時頃になると、西の雲が切れ、陽がさしてきた。しかし、風は寒い。漸く、もくろんでいたように整理できたので、今日の作業は終了。途中で11日は愛妻の月命日であることに思いが到り、帰路、ヨーコさんが晩年に愛用した広東料理の店に寄り飯。ここの大将は香港より来た人であるが、両親が年をとってしまったので、介護をする為に、夏には店を閉めて帰ってしまうと言う。いずこも高齢化社会の悲哀様々也。

  • 10時に飛駒到着。外気温は7度。早速、外に出て、昨日の作業の続き、即ち、苔の周りの草取りを行う。長閑に小鳥が鳴いている。樹木の新芽も出てくる。冬に戻ったような陽気だが、季節は確実に前進している。先日雨が降ったので、苔の色はみずみずしい。ぴっちりと苔が密集しているところに、雑草が芽を出していると周りを壊さないように、細いピンセットで慎重に抜き取る。これの繰り返しを、30畳ほどの部分を仕上げようとするから、時間がかかる。3時の外気温は11度。4時に到り雨が降り始め、作業中止。

  • 朝は曇。腹筋10回。腕立て10回。昼頃より晴れると謂うことで、飛駒に出掛け、苔の手入れ、雑草取りをする。周囲の山々は頂上付近に雪がある。しかし、春が来て野鳥達が、嬉しそうに鳴いている。桜もまだしっかりと花が付いている。この苔を大事にしようと思い立ったのは、去年の7月の末からであった。その時から、毎日、飛駒に通い、苔の周りの草取りをした。草取りは、苔を傷つけないように、ピンセットを用いて、一つ一つ丁寧に取り除く。だから、一日かかっても、一メートル四方にか出来ない。9月半ばを過ぎて、草取りが一段落する頃には、夏が遠のいていった。今年は、その事があったから、早めに始めようと思って、今日、いよいよとりかかったのだ。6時まで作業をして思いのほかはかどったので非常に満足。6時の外気温は6度。室内で暖炉を燃やし、冷えた体を温める。梅雨の時期になり、今年の成果がどう出てくるか、楽しみなところだ。病院で先生に、だらしなく過ごしなさいと、助言されたが、力仕事ではないが、毎日が忙しい・・・。帰宅後、長湯。

  • 今朝は予報通り寒い。9時過ぎの外気温は4度であった。昨日も休養したので、今日は飛駒で草取りをする予定である。しかし、外は霙模様のものが降っている。是では飛駒は雪になっているだろうと思い、しばらく、様子を見る事にして、久しぶりに山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読み始める。昭和20年5月の頃の部分だ。毎日B29の空襲に東京をはじめとして、日本の各都市は戦々恐々としている頃の、東京に生活する一青年の日記。耐乏生活のリアルが伝わってくる。永井荷風のその頃に日記や内田百閒の「東京焼尽」ともちがう、著者の若々しさが文に表れているので面白い。特に、枢軸国のドイツが敗戦となった後の日本の終戦までの事が手に取るように分かりかけて来て極めて興味深い。昼を過ぎ、空模様をうかがうが、雨は止まない。空腹を覚え、デリスによりビーフシチューを飯。午後に到り雨は止むが、寒い。極めて寒い。飛駒行きは中止。再び炬燵に入り読書。

  • 大分朝寝をする。いや、一度早朝に目覚めたが、外が雨だと分かり、再び寝入ってしまい気が付いたら、10時半であった。午後、生活指導。今日は、箪笥の衣替えの方法、防虫関係を教えてもらう。フキの煮物の仕上げを済ませ、歯科訪。かくの如くして雨の一日は終わる。

  • 先日来、少し、めまいがするので、フェイスブックでおなじみのM先生に相談したら佐野厚生病院の脳神経外科のN先生がよかろうと云う事で、朝より厚生病院に出掛け、診察をうける。20日にMRIを予約、「しばらくは、だらしのない生活をしてはいかが?」と謂う助言を戴く。思い起こせば、愛妻が天に召されて以来、独りで自炊生活を確立せんと、夢中で奮闘してきたが、心身ともに疲労困憊するところもあったのかもしれない。何しろ、連れ合いを失うと謂うことも初体験であるから、途方に暮れ、その不安を払しょくするために、ひたすら前進していたのだ。病院後、アウトレットで買い物、お店の御馴染さんと遭遇する。午後、飛駒に出掛け草刈りをする。だらしのない生活とは謂うモノの、季節が刻々と植物の目覚める方向に進んでいるから、10月までは気が抜けない時節がとうらいする。悩ましい年頃也。

  • 3時の外気温は10.5度である。店が一段落した後、庭に出て苔周りの草取りを始めるが、妙に涼しいので風邪をひいたら困るので中止。これはらはガーデニングで追われる日々が続きそうだ。

  • 野原には菜の花、タンポポ。庭には桜。地面に水仙、周辺には黄色いレンギョウ。小雨にけぶる周囲を眺めると山肌も刻々と変化する。冬をようやくやり過ごして、新しき1年の入口に立ったと謂う心地がする。いずれの時か、冬が乗りきられぬ時がくるに違いないが、今はもうあまり難しい事は考えない。流れに身を任せて、成り行きで暫くは行ってみようと思う、今日この頃也。