昨夜は、湿布を貼って貰い。痛みはそれほどなく、安眠できた。朝より、佐野厚生病院整形科訪。まず、レントゲンを撮り、先生に会う。
精査した結果、骨折は単純なものであるが、完治するには約6ヶ月を要するとのことである。処置室に移り、ギブスをつくるために
先生ははれたかかとに手を当て、「ギュウ~ゥゥゥ」を全力で抑えて形にする時は心の中は絶叫状態であった。しかし、自分でしたことで
あるから、出来るだけ我慢をして痛みを頭の中から切り離して耐えました。20分程は痛みが残ったが、その後安定。
昼はイオンによりヨーコさんはステーキを飯。帰宅後、疲労困憊でしばし午睡。
夜、孫達が見舞いに来る。気になる、草刈を連休中、アルバイトで高校生に依頼する。営業は皆の協力で続けることが出来る。
あり難きかな。天に感謝多。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2013年4月14日(日)薄曇
ローストビーフは上等に仕上がる。ひとしきり外壁のアイビーを整理するため、脚立を梯子に伸ばして、屋根のテッペン近くの
作業をしていたら、つい作業に夢中になり、足を踏み外し、かかとから地面にストンと落ちてしまった。非常に痛かった。地面にしばらく
仰向けになって、思案していたら老妻が覗きに来て、「どうなさったの?」と尋ねるから、かくかくしかじか面目ないと説明する。
「でも、わたしではどうしようも出来ないから」と息子を呼んで、室内に入れてもらう。足がはれてきたので湿布をはり、明日は
朝一番で整形に行く予定なり。 -
2013年4月13日(土)晴
6時半の外気温は6度なり。TVでは頻りに淡路島の地震報有。終日暖炉を燃やす。日差しあれど空気やや冷たい。鳥語頻りなり。
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2013年4月12日(金)晴後曇後小雨
朝、耳鼻咽喉科訪。消毒。昼前よりヒコマにて草刈。鳥語さかんなり、このところ気温が上がらず草の伸びは内場である。鶯啼く。
見渡せば、周囲の山は木々の芽吹きで爆発しているが如くだ。夕、暖炉に火を入れ温まる。 -
2013年4月11日(木)晴、寒
3月の初旬に戻ってしまったような陽気だ。飛騨高山方面では雪も降ったという。耳鼻咽喉科を訪。片方の耳が聞こえにくいので
鼓膜を切開して水をとる。大分聞こえはよくなってきた。あちらこちらに色々不具合が出てくる悩ましい年齢だ。
愛妻も歯が冷たい空気にふれると痛いと悩んでいる。歯科をやっている義兄に詳しく聞いていたが、結局、加齢のため歯茎が痩せてきて
そういう現象がおこるのだという。終日炬燵に入り読書、午睡。 -
2013年4月10日(水)薄曇後少雨
午前中病院訪。検査の結果、数値の年年上がるものがあり、内科に回り、食生活を改善すべく詳しく説明を受ける。
2週間後再び検査するという。気晴らしに、宇都宮竹園に飯。夜、録画してある戦後の記録画像を二人で観る。愛妻は引揚者を
取り扱う場面では我が事のように憤慨する。 -
2013年4月9日(火)晴
朝、孫が中学生の制服を着て訪ねてくる。入学式だ。ヨーコさんはその姿にいたくご満悦だ。午前中より二人でヒコマに出掛ける。昼を過ぎてやや暖。草刈をする。マーガレット・サッチャー氏逝去の報有。あるヨーロッパ現代史によると、彼女が英国の首相になったのは彼女自身や
自由党の実力ではなく、労働党が当時弱体化したことによると言う説がある。しかし、世界政治の中でソ連邦崩壊は途轍もない大事件で
あったし、今日の世界を開く幕開けをする主役の一人であったことは確かだ。個人的には、日本の現政権が演じていることは彼女が
四分の一世紀前に展開していた政治ドラマの焼き直しのような気がしてならない。
ソ連邦崩壊の翌年東ヨーロッパを旅行した思い出がある。あれは、5月頃であった。ドナウ川にそってドライブしてホワイトアスパラを沢山
食べた。そうだ、あの時は、余輩は免許証を失ってしまい、ヨーコさんが国際免許をとりレンタカーも彼女名義で借りたのだ。
苦節24年お陰様で以後余輩は安全運転に徹し、今ではゴールド免許を所有する身となる。人生色々・・・思い出沢山・・・・。 -
2013年4月8日(月)晴
風有快晴。朝より、モーガンでヒコマに出掛け草刈に励む。涼しい風が頻りに吹き、刈った草を吹き飛ばす。汗が出ないので作業性は
非常によい。しかし、途中で鼻水が垂れてきた。老体を寒風に曝してはいけない。その時は、無事であっても、後日結果が付いて回る。
そういうことも漸く最近わかってきた。幸い、昼になり、後片付けをして、帰宅。午後、エッセイを勘案。他、特に記す事無。 -
2013年4月7日(日)曇時々雨後晴
朝より天気定まらず。昼頃より雨。しかし温度は20度前後であったが、夕方は晴れてきて5時の外気温14度となる。
三々五々人有。晩餐は「強記飯荘」にて焼きソバ、衣笠飯。帰宅後、TVにて各方面の天候被害を知る。 -
2013年4月6日(土)曇後雨
昨夜の天気予報では、天候が極めて荒れ模様となるので、不要不急の外出を控えるようにとの放送があったので、今日は
どうなることかと心配をしていたが、三々五々人来。昭和3年生の老紳士が美味しそうにローストビーフを食べて、「また来たい!」
と言う言葉を残していった。有り難い限りです・・・・・。