野原は緑になり、鳥語頻りなり。薪の焚き付けを小枝を刻み作る。午後、暫く休息。終日暖。他、特に記す事無。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2013年4月24日(水)雨後曇
朝より雨なり。午前中佐野厚生病院訪。整形科ではギブスを交換する際、丁寧に洗ってもらう。気持ちが非常にサッパリする。
あり難きかな。内科の先生からも腎臓関係の経緯の説明を丁寧にうけるなり。昼に至り、壬生の「ともしび」にて飯。
帰宅後、炬燵に入りしばらく休息。老妻は鼾を出して寝込むなり。このところ、お出かけに一人で運転をせねばならぬ故なり。
やんぬるかな!夕方、東京に出た孫より文章の書き方の質問有。パソコン周辺の不明なところを補う質問もある。
学校に入りいよいよレポート作成等、学業が本格稼動したようである。自分の経験した苦労を披露して見ようと思う。
晩餐は「小島屋」にて肉汁うどん飯。中国発のインフルエンザの報有。日中関係の剣呑なところも気がかりだ。今、現役で国を動かす
世代は「文革」時代に中学、高校生だったと推測できる。大変混乱した時期に育った世代ではないだろうか・・・・・。
大分以前、あるラジオ番組を聴いていたら、ドイツのジャーナリストが戦後周辺諸国にいかに丁寧に接してきたかという苦労を披露していた。
もしかしたら、我がほうもそこいら辺の事を参考にする必要があるのかもしれない。このところの色々な発言は気がかりなり。 -
2013年4月23日(火)薄曇、寒
昼前より二人でヒコマに出掛け、連休の準備をする。庭にある山椒の葉は霜でやられて、茶色にちじんでしまった。
他、特に記す事無。 -
2013年4月22日(月)晴、風有、寒
午前中は静養。ようやく、ギブス生活に順応してきた。二人で、店にて使えるようにキャスター付きの椅子を1脚買いに出かける。
大田まで足を伸ばしたが、風が強く気温があまり上がらない。赤城山系を見るに何と!「雪山」ではないか。まるで、早春の越後地方を
ドライブしているようで、チョッと遠出したような気分になる。
書店によりIT関係の書籍を数冊買う。外為は100円を視野に置く綱引き。連休の予約も入り始めてきた。 -
2013年4月21日(日)雨後曇後晴
朝より冷たい雨降る。日光から来た人は、雪が降っていたと言う。暖炉を頻りに燃やす。まず、予約の人達來。午後、フリーの人達も
三々五々來。ローストビーフ、ビーフステーキも好評。 -
2013年4月20日(土)晴後曇
この頃の、極東周辺のお天気は気まぐれである。終日暖炉を燃やす。3時の外気温は9度。日のあるうちに帰宅。晩餐は筍をたいたものと
山ウド。ことに山ウドは風味がはっきりしていてミネラル感たっぷり。TVで四川省で地震発生を報。 -
2013年4月19日(金)晴、風有
朝より北風有。準備の為二人でヒコマに出掛ける。北風が激しい。小枝を鉈で刻み薪作りをする。先日取材のあったKKマガジンボックス
発刊のMINI STYLE MAGAZINE37号が送られてくる。店が83ページに紹介されている。あり難きかな。
帰路、久しぶりに「強記飯荘」により衣笠茸と焼きソバ飯。 -
2013年4月18日(木)薄曇、暖
朝、耳鼻科訪。急な階段があるところなので、息子に頼み負ぶってもらう。帰りはヨーコさんが迎えに来るなり。店の雑用で老妻はあちら
こちら出掛けるので、運動をかねて一緒についてゆく。You Tubeで久しぶりに「モスクワ郊外の夕べ」を聴く。ロシア語の余韻が
なんともいえない。この歌はたしか1960年代の中頃流行して日本にも広まった。当時、放浪の旅に出て、初夏のロシアに滞在した折、白樺の匂いと、都会の雑踏、白夜どれもこれも田舎でのボーイには新鮮なモノでありました。
ポール・アレンの「ぼくとビル・ゲイツとマイクロソフト」を読み始めた。非常に面白い。彼等も僕達より一回り下の世代だが、1970年代の中盤から、BASICでソフトを作ることに熱中していたと言うではないか。僕のその当時のシーンは中国、韓国貿易の時代であったが
1980年代に入り、ログハウス、輸入住宅を国内に広めようとして、クライアントに説明する、概念のストーリーを構築するために
北米大陸各地の建築物調査に熱中する時期があった。そうすると、性分で季節も時間も場所も関係なく思い立つとそのことに集中して
我を忘れてしまう。今考えると、非常に有意義な時代であった。思うに、僕の性分はどうもそこ等辺にあるような気がする。
今回も、アイビーの消毒の為に上に上に上って、つい夢中になって足を踏み外してしまったようだ。反省すること頻りなり。
夕陽限りなく好し、只これ黄昏に近し・・・・。 -
2013年4月17日(水)薄曇暖
昼前に準備の為二人でヒコマに出掛ける。野原にはタンポポ咲き乱れ、新緑の盛りなり。近所の猫が敷地をゆっくりと横切ってゆく。
林には鶯、野鳥の鳴き声が響く。ここでは朝鮮半島の物騒な話も、ボストンの事件も、尖閣列島の問題にも無縁な
空気が流れている。 -
2013年4月16日(火)晴後曇
安静にして休んでいたが、外も暖かくなってきたので、外に椅子を出して日差しを受けながら読書。山田風太郎「戦中派虫けら日記」を読み始める。二十一歳の青年の文章としては中々に読める文章だ。当時の時代背景もわかりやすい。
昭和18年のところまで読んできたら、急にお汁粉が食べたくなってきた。著者の日記にお汁粉、アンミツの類の言葉が頻りにでてくるので、その影響である。愛妻に車に乗せてもらい、買い物に出掛ける。まず、上州屋で切り餅を調達して、アピタにて、あずきの缶詰を買う。
ここには、ちゃんと車椅子が用意してある。骨折をしてみて始めて車椅子の有り難味がわかった。各フロアーを自由自在に動ける
車椅子は快適である。書店ではマイクロソフト関係の書籍が目にとまり、読んでみようと買ってみた。とりあえず、お腹も空いてきたので
二人で、ケンタッキーのチキンを飯。二時過ぎに帰宅。早速お汁粉をこしらえてもらい美味しく戴く。
TVではボストンマラソンの爆破事件を頻りに報。しかし、外出の疲れが一気に出てきて布団に入りながらぐっすりと寝入ってしまった。
夜、例により孫来。散歩の途中で寄ったと言う。有り難きかな!