複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 午前中準備の時より、晴れて、庭のテーブルは木陰に移す。草は刈り取ってあり、植え込みの下枝は払い落として
    あるから、涼風が通じるようになっている。甥がkinfolkのメンバーと来。話が面白い!雑誌のコンセプトは
    「アメリカの27歳の若者が、日々の激務に疲弊する心を癒さんと、リタイアーを考えたときに、一番に思い浮かべる
    のがポートランド、そのポートランドから世界に向けて発信する雑誌がkinfolk」だと言うのだ。何だかわかるようなきがする。
    午後、二度ほどにわか雨有。夜、極めて涼。

  • 店の合間に、しきりに、生垣、植木の下枝を落とす。事前に蜂の巣も発見、撃退する。幸いなり。蜂に刺された腫れは引いてきた。

  • 昼前、日陰にて草取り。昼、シャワーを浴び、冷えた白ワインでチーズフォンジュ飯、美味なり。
    午後、フレディリック・フォーサイスの小説を読む。中南米、西アフリカに散在する群島、旧い戦闘機等、物語の
    随所にちりばめられてストーリーの背景を豊かにしているが、不明なところはgoogleの画像検索やマップで調べ
    読み進んでいる。非常に便利な時代になった。夕方、しばらく草刈。汗、滝の如し。最後に再びシャワー。
    夜、「強記飯荘」にて、冬瓜のスープ、衣笠茸と空芯菜の炒め物をいただく。極めて美味。予約も徐々に入ってくる。

  • 足利からヒコマに出掛ける道中の風景はまさに盛夏。田圃には白鷺の姿もある。白い姿で、スッキリと佇むところは、
    風情があり大変よろしい。昨日に続いて、垣根の下枝を切り風通しをよくする。しかし、今日も不意に蜂に手を刺された。
    刺されたところを、強くつまんで水道で良く流しす。痛みはまもなくして消えたが、腫れてきた。右手の甲が、腫れて
    赤ちゃんの手のようにぷっくりとしている。昨日も、左手を刺された。その時も腫れたが今ほどではなかった。
    夕、草刈をする。サウナだ!スイカをかじる。美味なり・・・・。夜、素麺・・・・夏、真っ只中なり。
    腫れを和らげるべく、老妻は庭からつわぶきの葉を採りに行った。さて、効果があるのかどうかは、明日のお楽しみ。

  • 昼前にヒコマ到着。下枝刈をしばらくする。昼、粗食飯。午後、草刈。汗、滝の如し。休息をとり、スイカを食べる。
    汗を流した後だから、極めて美味。再び、草刈。サウナ風呂に入っているような心境になり!

  • 映画を勉強する学生君達がお店で映画と撮影するというので、朝、モーガンで出かけて、店の鍵を開ける。
    しばらく、植木の手入れをして、帰宅。昼粗食飯。午後、スイカを食べる。甘いスイカの液が口中に広がり、体全体に
    沁み込む。スイカは今年二回目。昨年は8月頃から食べ始めたが、今年は早い。夏が早く始まってしまったからだ。
    山梨県では39度を記録したと報。スイカは毎日食べたい。こうして、スイカがおしまいになると、秋が来るのだろう。

  • 昼前にヒコマ到着。雑用を片付け、冷えたマルボロー産のソービィニョン・ブランで喉を潤す。なかなかいける白なり。
    クラウディーベイのそれと匹敵する程だ。ほろ酔い加減で粗食飯。ベンチを木陰に出し、涼風を得て午睡。
    午後、しばらく、下枝を刈り込む。しきりに汗出る。夜、夕立降り涼風を得る。

  • 開店前、やや茂りたる、木々の下枝を刈り込んでいたら、蜂の巣に当り、腕とまぶたをチクリと刺された。痛み、頭脳の中心
    に向かうごとく激しかったが、しばらくすると、痛みが消え、そのうち、まぶたが腫れてきた。老妻にむしさされをつけて貰う。
    店が始まり、しばらくして、立て込んでゆく内に、刺されたことは忘れてしまい、収まったようだ。
    この頃、何かやろうと思い立って、そこに向かうのだが、しばらくすると、何をしようとしていたのか、忘れてしまう。
    しかし、その内に思い出して、目的を達することが出来る。こそばゆいばかりだ。
    夕方、孫が草刈をした野原にテーブルを置いて、休息をとる。空には、一群の雲が西から東にゆっくり、しかし、確実に
    移動している。素晴らしいダイナミズム!
    少子化がすすむこの頃、例えば、人の空いたところに、こざっぱりした野原を作り、真ん中にテーブルを置いて、
    陽が没する頃に、晩餐の料理を広げてひと時を過ごす・・・・。そんな展開があると非常に面白いのだが・・・。

  • 暑さにもかかわらず、三々五々人来。ローストビーフも完売。有難し・・・。帰宅後、「強記飯荘」にて衣笠、海老焼きそば
    冬瓜スープの晩餐。帰路、渡良瀬川橋上に同輩が独りたたずみ西に没せんとする落日に見入っている。
    空も黄昏、人も黄昏、みんな黄昏。冬瓜のスープが非常に美味しかった!

  • 午前中草刈、汗しきりに流れる。午後、休息。ニュースを観る。世界のあちらこちらで騒乱がおきているようだ。
    昨年の今頃はトニー・ジャット著「記憶の山荘 私の戦後史」を読んでいた。今、おなじく、トニー・ジャット著
    「荒廃する世界の中で」というエッセー集を読み始めた。戦後から現在に至るまでの拝金主義の歩みが絶妙に
    描かれていて興味はつきない。余輩もその世界で右往左往していたわけだが、そこに考えがいらると
    いわくいいがたい心持になる。