朝より停電。ケロシンストーブにて暖。焼きたてのパンを求め、市内に歩。無事に得る。市民生活に復帰できた実感を得る。書籍の片付け及び掃除。昼、パスタを作り二人で飯。午睡後読書。原発事故状況不明ナリ。隣県の被害状況をパソコンで検索。夜、ブイヤベース飯。今日も、何事もなく過ぎるは有り難きかな。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2011年3月14日(月)晴、暖
朝より、地震で棚から落ちた書籍の片付ける。昼前に知人よりの差し入れ飯。計画停電を避けるためなり。停電回避。新たなる地震発生率が明日までに70パーセントと報有。極めて不安なり。予備の乾電池を求める為、ニ三軒廻ったが、売り切れ・・・・。
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2011年3月13日(日)晴
周囲の世界、通常に戻り、本日営業する。海外より、安否の連絡有。終日、穏やかに推移。夕、帰路、絵に描いた様な落日有。夜、TVにて被害状況を見る。一万人の安否不明と言う・・・・。
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2011年3月12日(土)晴
朝、お湯を沸かしコーンスープを作る。息子夫婦と孫来。家の片づけを手伝う。近所を見回してみると、隣家周辺に瓦の崩れたるがモノ有。大谷石の塀の崩れたる家もり。既に、職人が入り、修理をする家もある。林屋でてんやものをとり孫達と飯。午後、二人で飛駒に出掛ける。夕、織姫散歩。夜、粗食飯。TVにて地震の被害を見る。自然の威力恐るべし・・・。
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2011年3月11日(金)晴後曇
飛駒にて準備。昼、ボンゴレを作りソビニヨウ・ブランで飯。2時46分外で「ゴゥー」云う音が聞こえ、店が揺れ始めた。ヨーコさんと二人、裏の原っぱに避難。地面、多いに揺れる。杉の山林が地震で揺れ、花粉が煙の如く山から湧き出て、風に舞東南方面に飛んでいった。店の準備が終了して、足利戻り、酒屋にて炭酸を求めるべく立ち寄ったが、奥さんは「あんた!何考えてるの!セブンイレブンでは瞬く間にお握りが売り切れてしまい、商売なんかしばらくできないよ!」と弁ずるのである。夕、帰宅してみると、停電、ドアを開け各部屋を点検すると、書棚より本が飛び出ている。夜、停電は続き、蝋燭の光をたよりにシャルドネと粗食飯。
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2011年3月10日(木)晴、寒
朝、織姫山散歩。山頂よりスカイツリー望。西に、完成した日赤病院、その上に高崎市内が見える。白い浅間山も見えた。帰宅後再び市中散歩。河南に渡り、昼、仏食飯。ワインを呑んだので、疲れがどっと出て、やむを得ず、ヨーコさんに電話して、迎えを頼む。帰宅後、日当りの良い部屋で、読書、午睡、読書。夕、織姫山散歩。途中、山道にさしかかり、藪の中より、ガサガサ、ブウブウと猪の気配有。帰宅後、粗食飯。TVでは東京大空襲の事を報ずる。思い出して、
永井荷風の日記「断腸亭日乗」昭和20年3月9日
のページを読んでみると、10日未明、自適生活と彼の文学のコアな部分であった「偏奇館」が空襲で焼ける。以後終戦まで約150日間、親戚、知人を頼り、過ごす日々の日乗は読者にシンパシーを抱かせる部分だ。 -
2011年3月9日(水)晴
午前中より準備の為飛駒。3月19日より、足利インターが始まると言うので、寄り道をして、写真を撮る。ここより、カフェブロッサムまで12キロなり。昼、久しぶりにパエリャを作り、ソビニョン・ブランと飯。午後、読書。現代史が面白い。「1989 世界を変えた年」を読み始めた。著者はニューズウィークの記者であり、ベルリンの壁が崩壊したときその現場に居た。歴史の転換期の真っ只中に居合わせたとは、幸運なことではないか。
偶然にも、この2011年も歴史の転換期になるのではないかと思う。夕、織姫山散歩。雲より太陽あらわれ、虹を見る。他、特に記す事無。 -
2011年3月8日(火)晴
すっかり、冬に戻ってしまったようだが、陽射しは暖かい。午後、運動を兼ねて市中散歩。帰路、整備された昭和通を、南から北に向っていると、背中を風が押してくれるようで有り難い。原稿を纏める。
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2011年3月7日(月)雪
映画「大韓民国1%」
を観る為、独りで、六本木に出掛ける。座席は50席ぐらいで居心地は良。ハングル文字は読めないが、映画も面白かった。久しぶりに韓国語を聴き、商売でソウルに通っていた昔を思い出す。
ヒルズ付近の書店をのぞく。久しぶりに読書欲が湧いてくる。書棚を見ていると、サンフランシスコから来たというフォトグラファーが、ライカを見せて、このカメラで写真を撮らせて欲しいと言う。これが、
その写真です
。世の中の動きは、まるで、行き先のわからない、暴走列車に乗っているようで、何処へ連れて行かれるか、不安がつのる。しかし、それが、何処であっても、人が作った世界であろうから、あまり、深刻に考えても仕方がない。
帰路、浅草の大黒屋で天麩羅定食を飯。この店は、昼時は戦争騒ぎだが、夜は、落ち着いて食事も出来る。使い込まれた、テーブルや椅子の間から、昭和の床タイルが見えるの所が気に入っている。 -
2011年3月6日(日)晴
ようやく、寒さが緩んできた。キッチンより外に目をやると、梅が満開ではないか。春が待ち遠しいこの頃である。