朝、準備の為店に出掛ける。飛駒のスタンドで燃料満タン。周辺の原っぱ、緑いや増す。春は粛々と近づく、今日この頃なり。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2011年3月24日(木)晴
昼前、孫、通信簿を持ち來。息災にて学業に励めたことを褒めて、「ピノキオ」にてピザを飯。片付けは納戸に至る。イタリア製の短靴が三足出てきた。かつて、‘70年代に履いていた物だ。しかし、途中より、フローシャムのウイングチップをビジネス・シーンで愛用するようになり、納戸の奥にしまい忘れていた。靴底は革。歩くとコツコツと懐かしい音がする。手入れをして履く事にする。夕、織姫山散歩。夜、粗食飯。
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2011年3月23日(水)晴、寒
袋川の桜は蕾を持つ。常の世であれば、今頃は、開花予想が盛んに報じられる。早目の昼食に粗食飯。停電を避けるためなり。停電ならず。午後、墓参。帰宅後、炬燵に入り読書。午睡。夕、織姫散歩。落日、山稜に沈む。
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2011年3月22日(火)小雨
午前中、市中散策。スタンドはクロウズ。昼、山井でラーメンを買い、飯。午睡後読書。停電有。運動の為、織姫山散歩。神社の鳥居を何気なく見ると、大正12年7月寄贈とある。関東大震災は大正12年9月1日11時58分に発生した。猪瀬直樹著「マガジン青春譜」によると、関西の生家に戻っていた大宅壮一は、この日、鉄道で上京途中、箱根手前でこの震災に遭遇。不通になった鉄道を離れ、昼夜を掛け、東京まで歩いたと云うことを思い出した。帰路、薄暮の市中を経て帰宅。夜、蝋燭の明かりの中で、すき焼飯。
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2011年3月21日(月)小雨
朝より雨。時節を鑑み休み。自宅の片付けをする。被災された方々のご苦労に比べるべきも無いが、、ある種の緊張を帯びた10日間を過ごし、体力、精神力の持続が緩み始めてきた。片付けても、片付けても終わらない・・・・。兎に角、あせらず、片付けを続行!
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2011年3月20日(日)薄曇、暖
相変わらず、燃料不足は続く。訪れる人少なし。ヨーコさんは庭の手入れをする。明日は、諸般の事情を鑑み、臨時休業することになりました。悪しからず・・・・。
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2011年3月19日(土)晴、暖
地震より1週経過。福島第一原発の進捗いかん・・・・。今日は停電無。店は静かに推移。レンガ敷きのテラスの間に生えた草取りをする。明るいうちに店を閉め帰宅。夕、織姫山散歩。駐車場に不在人影。神社内もしかり・・・。野鳥頻りに啼き、西に絵に描いたような落日有。薄暮、電灯の燈る市中を経て帰宅。東に盆のような月浮かぶ。夜、地震有、震度3ナリ。TVにて消防車の放水を見る。将に、本職が仕事をしている様に見える。尚、本日、正午足利インター稼動する。備忘の為記。
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2011年3月18日(金)晴
朝より営業の準備の為、飛駒に出掛ける。途中、スタンドで長い車列を目撃。ブロッサムの庭に水仙を見る。昼、浅利でボンゴレを作り飯。午後、停電が始まるので帰宅。明日は、予報では、上天気とあり。帰路、再びスタンドにて長い車列を目撃。夕、織姫散歩。車、人少なし。鑁阿寺を経て帰宅。黄昏に鳥雀鳴き侘びしさひとしおナリ。
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2011年3月17日(木)晴、寒
午前中、準備の為飛駒。昼、フォンヂュ飯。午後、早めに帰宅。足利はまもなく停電。ヤマセイに二人で買い物に行く。道路に車は疎。スタンドは閉鎖。家の片付けをしていたら、1976年に使用した国際免許と、愛用している椅子のカタログを発見。夕、薄暮、微光の味わい、晩餐を厳かなものにする。
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2011年3月16日(水)晴、寒
朝、織姫散歩。GSスタンドは閉鎖。車も少ない。昼、粗食飯。市中散歩。スタンドは緊急車両の給油のみ。夜より停電の為、早めに更新。夜、7時過ぎて停電。石油ストーブを点火。ラジオで震災情報を聴き過ごす。途中、気晴らしに外に出ると、近隣に電気の光無く、月光ふりそそぎ、満天の星ナリ。南西にオリオン、西にスバル有。幻想的な光景に誘われ、近所を散歩する。9時前に通電す。