夜半、雷雨有。朝、マルタカの焼きたてパン得。老妻と、東照宮へ出掛ける。駐車場の階段を登り、参道に
歩。宮内中心に向って、強い吸引力を感じる。
入門、目を周辺に漂わすと、金、黒、赤をまとった建物の集積が、圧倒する質量で
迫る。それに方向性を与えるのは周囲の杉の大木。世界的に見ても、個性的な空間を形成している。
素晴らしい、人の作り出すものと時間の集積が一体となる「パワースポット!」むべなるかな・・・。
この画像はipad2で撮りましたが、勿論、あの空間の質量は表現できません。
現場に行くことをお勧めします。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2011年6月13日(月)曇、涼
朝、住まいの手入れ後、半袖シャツを着て、織姫山散歩に出掛ける。中腹に至りて、市中の写真を撮る。
帰路、小商いをする店のガラス戸に「高齢の為、店を閉めることに相成り候・・・」と達筆で記すを見て、
奥で立ち働いていた老婦人の心境を、我事に照らし合わせ、長嘆息す。帰宅後粗食飯。
午後、久しぶりに、断腸亭日乗の昭和20年8月14日より読む。荷風67歳,、岡山に流浪の境遇ナリ。
暫く後午睡。 -
2011年6月12日(日)曇
曇がちながら、涼。仔羊のグリルがよく出て、暖炉も終日活動。この頃、材料を焼きながら、思うのだが、
ラムは、元来、特有の、香りを持つが、直火で焼き上げてゆくと、匂いの元になる、油が、下に流れて、
癖もなく、程よく焼けるのだということに気付いた。ターシャのタチアオイが今年も蕾を持った。
62年型マセタッティ來。 -
2011年6月11日(土)雨後曇
朝よりローストビーフ焼く。昼に至り人、三々五々來。店の裏にあり桑の木は、一段と大きくなり、
緑のドームになる。他、特に記す事無。 -
2011年6月10日(金)曇
昼前に明日からの準備の為、飛駒に出掛ける。緑、一段と濃くなる。ホトトギスしきりに鳴く。
梅の実を収穫する。梅ジュースを造る為なり。今年は豊作だ。夜、粗食飯。 -
2011年6月9日(木)晴
気晴らしをせんと、二人、銀座にて、シネマを観る。浅草に出て散策。夕、国際通りにて中華飯。
どの繁華な街も、和人ばかりで、新しい時代にとば口に立ちたる気分なり。 -
2011年6月8日(水)晴
終日休息。峠より見える建築物を確認する為、車で、市中を探す。夕、織姫山散歩。
リビヤ情勢定まらず。庭にて、ターシャのところから来た、植物に実が付いた。 -
2011年6月7日(火)晴、涼
朝、焼きたてパン得る。昼前二人飛駒。余輩、草刈に専念。郭公鳴く。他、特に記す事無。
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2011年6月6日(月)晴
午前中、自宅庭掃除。午後、飛駒草刈。須花峠より足利方面眺望。余輩はこの、
峠からの眺望が好。峠は過去と未来の時空間を分かつ分岐点のような気がする。
市内は、人間が拵えた今までの世界。須花トンネルをくぐると、まだ立ち入らぬ未来に
突入するような気分になる。草刈の途中で、緑陰のイスに腰掛けて休息していると、
南東より乾いた空気が体のそばを通り抜けて行く。天然のクーラーの如し・・・。
夕、帰宅。織姫神社散策。写真で見る織姫神社は平凡でフラットな感じがするが、
実物をみると、コンパクトだが、立体感がある。 -
2011年6月5日(日)薄曇
犬連れの多い日となる。ローストビーフも完売。桑の実が熟し始める。つい先日、花が咲いたばかり。
と、思い、日付を確認すると、5月14日であった。光陰矢の如く、「歳月人を待たず」の譬えあれど、
願わくば、今しばらく、恙無きところに身を置き、末の世の過ぎ行く様を眺めながら、古酒のなどを
味わってみたい・・・・・。