複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • モーガンで飛駒に出掛け、草刈。昼に至り寒暖計は33度を示。帰路、俵すしを買い帰宅。午睡後、
    再び、飛駒にて草刈。他、特に記す事無。

  • 早朝よりローストビーフを焼く。昼近く、来店続く。仔羊のグリルも出る。先日、久しぶりに食べログをみたら、
    仔羊のグリルが焼けすぎて、苦味が出ていたとの指摘があり、反省し、薪の燃やし方などを、工夫し、
    仕上がりはレベルアップした。やはり、それには、集中力が肝要である。汗をかく。しかし、「美味しい!」と云う
    お褒めの言葉を聞くと、暑さは気にならない、不思議である!

  • 予報では、少雨とあったが、降らず。人、三々五々來。庭、鳥語かしまし。一段落後、緑陰、涼風を得て、
    読書。早めに切り上げる、夕、中川に飯。

  • 今日も草刈に精を出す。予約も入り始める。汗をかき、バスタブにつかり、リフレッシュ。
    粗食後、午睡。にわか雨有。いよいよ本格節電の季節に突入してしまった。
    兎も角も、今夜のところは、涼しく寝られる。天に感謝多!

  • 朝、電車に乗り、麻布十番で下車。永坂を登り、、途中を植木坂に入る。中ほどに、坂の案内在り、
    この付近、江戸時代植木屋多く在る由の名称ナリ。閑静な手入れの行きとどいた
    民家櫛比し、緩やかに下るとT字路に遇う。左折したところで、左に御影の石碑あり。
    島崎藤村旧宅跡なり。崖の脇に通じる細道に佇むと、ロシア大使館ビルディングの裏手が見える。
    麻布の谷は昭和の雰囲気を色濃く残すところだ。谷底にステンドガラスをはめた、丸窓をもつ
    瀟洒で古風な洋館有。
    赤坂に出て、知り合いと待ち合わせ、「ナガラ」にて蕎麦飯。別れてより、檜町公園付近にある
    志賀直哉住居跡の碑を探す。写真はその折、教会の枇杷の樹を撮った。
    国立新美術館の「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」を覗いて、帰路の電車に乗る。歩すこと、
    一万五千余、多汗。

  • 上天気となり、探検帽に半ズボンをはき、モーガンで飛駒に出掛ける。久しぶりのドライブだ♪
    到着後早速草刈。昼に至り、老妻來。汗をかき、一風呂浴びて、パエリャを飯。緑陰に涼風を得暫し午睡。
    帰宅後、図書館にて調べ物をする。夕、雷鳴、駿雨を伴う。画像は、雨後の西空。

  • 朝より織姫健康診断。昼、ピザ飯。夕、織姫車坂歩。他、特に記す事無。

  • 午前中、飛駒草刈。午後、太田イオンにて「スーパー・エイト」を観る。映画の時代は
    始まって間も無く、テレビでスリーマイルズの
    炉心溶融事故
    を取り上げている場面が
    あったから、1979年頃の話だ。描写されるアメリカの街がよかった。郊外に大型店が展開されて
    郊外型文化が進行中で、まだ、旧市内の商店が辛うじて存在している、危うい、時代の風物が
    巧みに取り上げられていた。映画で活躍する少年達も個性的で、最近日本のTV番組で
    よく見かける、「ビビる大木」に似た少年が印象的であった。夕餉酢豚飯。

  • 雲、下がり来たり、終日陰。鳥語樹林に飛び交うこと、頗る盛ん。三々五々来者有、天に感謝多。
    学徒出陣せし、海軍老兵來。我老妻と海軍の話に盛り上がる。桑葉の構造主義的画像。

  • 昼を過ぎて駿雨有。世界遺産選定で小笠原諸島がメディアで取りざたされている。懐かしい地名だ。
    今より四十年前、家族と出掛けた思い出がある。船で東京湾を出ると、まもなく、昼食に
    鰻弁当が出た。食物を口にしたのはそれが、最初で最後だ。船が外洋に出ると船酔いが始まる。
    船底の大広間に横になる。限りなく船底と密着して、あたかも、船底の一部と化せば、船酔いを
    まぬかれると思い、母島の港に着くまで、25時間そもままへばりついていた。
    航海中、いつも、レイモン・ルフェーブル・オーケストラの「シバの女王」が聞こえていた。
    今、念のため、iPad2で「シバの女王」を検索して、音楽を確かめている。そう、この曲が
    繰り返し、繰り返し流れてくるのだ・・・・。
    かなり苦行を強いられる、小笠原訪であるが、懲りずに2~3回出掛けていったのだ。
    返還間もない頃で、都営アパートに泊めてもらい、毎夜、浜辺で、島の人達と星空を見ながら
    丸ごと茹でた伊勢海老をよく馳走になった。
    若く、無鉄砲な時代であった。