連日愚図ついた天気が続く。午後より来客続く。先週来29日の問い合わせ続く。本日足利よりブルーグラス愛好家来店。親交を深める。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2001年9月11日(火)
台風去る。夕刻の天に自然の妙映る。何ぞ神の業を知らん。快也。家人医学的集会に臨席。体験詳らかに示したと云う。今宵静かに過ぎる。
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2001年9月10日(月)
月末29日のミュージックライブ内容ほぼ決定。ブルーブラス、アイリッシュとなる。
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2001年9月3日(月)
秋となりぬ。このところ社業にでて店に出ることかなわぬ。家人により店の繁盛なるを知る。今週も草刈を予定。
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2001年8月23日(木)
台風去りて暑さもどる。久しぶりにライブ予定。9月29日(土)を予定する。店を再開して1年が過ぎる。以前の贔屓の方々戻る。
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2001年7月22日(日)
カフェブロッサム周辺も暑かった。この頃先日死んだ愛犬の遺児が夜になると悲しい声で鳴くのである。夜中に小屋に行って抱いてやる。家人も気に掛ける。なんとも悲しい鳴き声を出す。悲しい、人生も悲しい。世間も悲しい。どうすれば好いのだ!小屋に入り抱く。空に白鳥座の南指見る。家人も抱く。飛駒の庭にはねむの花の盛りに咲く。夕暮れに策花の寂しさ、侘しい風景、この頃の風情である。所でエアコンの効き目爽やかにてやわらかい心地は何とも云えず好い。フォンヂュの好評なるもむべなるべし。我が家の外部寒暖計30度を維持する。
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2001年7月19日(木)
ようやく雷の轟くようになり盛夏の最中を覚える。ひたすら暑さを耐え秋口を待つ心地。こう暑くては新しき企画も浮かばぬ。然れども昨今読みし花袋面白い。昨年の今頃は荷風に夢中になり「断腸亭」にどっぷりと浸かる。その後、壇一雄に移り、露伴、紅葉、鏡花、秋声、岩野泡鳴、花袋になる。覚書まで。その後どちらへ進むか皆目解からぬ。兎に角もこう暑くては涼しいところを探して読書を楽しむにしくなし。
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2001年7月14日(土)
久しぶりに店に出る。幼馴染来店。世の移り変わりを嘆くこと頻り。店じまいの後、太田金山山頂に立つ。足利方面を望み、明治15年アーネストサトウが同所にて視得したる足利の町を心に思いめぐらし辺りの暗くなるを忘れる。茶店のたたずまいの渋さ善し。道中家人よりレーチェルカーソン、複合汚染等の話題もちだされ彼女が描いた「沈黙の春」を初めて目にした若い頃の驚愕を思い出す。
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2001年7月13日(金)
今朝も昨日同様、モーガンにて草刈に出向く。6時より空気暖か。昼にて足利へ向かい、名草町辺りより其の空気熱風に変わり驚くこと頻り。まるでデスヴァレーの砂漠の中を走り往くここちぞする。ロンメル将軍の北アフリカでの戦車にての戦を偲ぶ。さても尋常ならざる陽気ただ驚くのみ。午後雑事纏める。
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2001年7月1日(日)
昨日より社業内覧会にて県中央に出向く。水田の中に立ち、辺り一面稲の草のすがすがしく伸びる様を見、水無月の盛りなるを覚える。古の芭蕉が目にした風景其の同一なるものと確信す。其の地にて筑波山の南に近く見えるは奇也。現場にて完成したる家、技法巧みに遣いたるたる様子、誠に結構にして申し分なく、住む人の願望具現される事を東陶と語れるを聞き、吾の満足すること頻り。見学の人も悉く関心致し帰る。こい願わくば次回も天気ほどほどにして尋ねる人の多かりし事を期す。