複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

カフェブロッサム繫昌記

最近、ヒルズ付近の書店に立ち寄り、本を探していたら、サンフランシスコのフォトグラファーに「写真をとらせてもらえないか?」と
尋ねられた。手に持っているのは、M型ライカではないか!!「ノープロブレム!」と答えて、撮って貰いました。

ヨーコさんに見せたら、「これで、カッチャンの葬式写真が出来たと!」喜んだのでありました。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。

後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。

  • 昨日の木枯らしおさまり温和な天気となる。12時頃より来客ありその後、5時頃まで続く、午後半ばにては屋外でくつろげるお客様も多し。途中、オペレーション混乱の態を生じ、我が頭脳のCPUはフリーズするも再起動がかろうじてかかり、何とか終盤まで持ちこたえた。辛抱強くお待ち戴いたご来店の皆様に感謝多。頭疲れる。

  • 昨日土曜日は、雨にて店内、閑散としていたが、本日、天気よく、賑わいをみせる。13日ライブ実況録音テープと写真、千葉県よりご来店戴いた人より届く。当日演奏中は、店内サービスに忙殺されていたので、閉店後しみじみとライブテープ音楽を聴く。有り難きかな。

  • 秋雨、来客有り、一時の賑わいをみせる。メディアは連日拉致被害者、帰国及びその関連報道、世間的注目を集める。来年の今頃、北朝鮮の現政権が果たして存在しているのか、神のみぞ知り得る事だが興味深々である。デフレも止まらない。現在進行している現象は「デフレ」ではなく、経済の世界的標準化による物価の均一化であり、わが国の物価水準が中国の水準に限りなく近づくまでとまらないような気がしてならない。対策としては新しい価値観の創造、これしか無いような気がするのだが、新しい世界が生まれてくるまで、取り合えず、可及的速やかに、政府をコンパクトに、そう現在の3割ほどの規模に縮小して効率化をはかり出直したほうが、現況にマッチすると思う。現在のようにだらだらと目の前のハエを追っているだけでは、孫の時代になってもいい時代が訪れてこないような気がします。秋の夜長ついついくだらないことを考えてしまいました。

  • 庭を目当ての方々で終日賑わう。メルセデス300SLロードスターが出現した。

  • 昨日に続き秋晴れ。11時ごろよりサムジングのメンバー音響機器搬入、設置がおこなられた。演奏会の開始予定1時であったが、参加バンド多く、昼頃より来店客が席を埋めたこともあり予定時間前より演奏開始。盛況であった。途中、ランチも売り切れ、お腹をすかせてご来店戴いた方々には大変ご迷惑をおかけすることになったが、いたしかたなし。ご参加戴いた音楽関係の皆様、厨房のお手伝いかってでて戴いた方々、ともども感謝多。音楽の余韻残る。

  • 昨日に続き湿度は高めであるが晴れる。栃木テレビ、女性雑誌、ホームページを見て来店する方で一日賑わい、来週にせまった演奏会の練習にバンドの方々もおこたりない。14日にはFM栃木の生放送に出演する予定。今週中に短い言葉でPR文をまとめる予定。カメラ仲間より古いカメラ届く。

  • 秋雨前線停滞のため、このところぐずついた天気が続く。終日曇り、グルメガイドの取材あり。楽器を持つて来店する方あり、夕方まで庭に音楽流れる。拉致問題の決着のゆくえ全国民的な関心高まる。

  • 昨日を打って変わり晴れ店の午後より賑わう。4時ごろより栃木テレビの取材をうける。番組名は「朝生栃木」オンエアーは10月2日(水)AM7:10の予定である。

  • 出足は少し遅いが各方面より来客多数。音楽の練習もあり一日賑わう。夕方一息ついて、テラスで一服やっていると室内よりブルーグラスの生演奏が聞えてくるのである。周りの風景とあいまって、限りなくウエストヴァジニアの寒村の雰囲気に近づいた。雨の中、沢山のお客様が訪れ誠にありがたい日であった。昨日はフェラーリも現れた。明日は栃木テレビの取材予定。

  • 先週の17日火曜日、ピョンヤンからの報道は衝撃的なものであった。国際政治の冷酷さが、のほほんとした田舎で過ごす私の脇を、渦を巻いて一瞬にして通りすぎていった感がある。どうして毎年9月になると衝撃的な事が起きるのだろう。1994年夏、私もピョンヤンにいた。拉致に遭遇した韓国人映画監督の体験的私記を1993年に読み、その内容があまりにもマンガチィックと云うか、摩訶不思議な事の連続でありその真相を自分自身で解明すべく、訪朝を決意した。早速、手当たり次第に旅行社に問い合わせた結果、その様な(アナーキーな)旅行はいずこも取り扱っていなかった。当時、北朝鮮を除き、他の総ての国は、キューバを含め旅行可能な時代であった。調査の途中、私には北朝鮮が世界に唯一現存する、とてつもなくドリームワールドなものに思えてきたのである。結局、朝鮮総連に行きついた。問い合わせの結果、「現在は旅行はできないが、旅行受付を開始する時もある」とのことであったので、連絡先等を伝えしばらく忘れていたのであるが、1年後、金日成が没しその弔問団的な形式で渡航可能となり北京経由でピョンヤンに飛んだ。8月下旬の頃であったと思う。共産国の旅行は何度か体験しているが、このピョンヤン訪問は私の中でも完全に消化しきれていない部分なのである。すなおな想い出の一つとして、市内の有名な料亭の冷麺のうまかったのは忘れられずに残る(他に印象的な食べ物はなかった)。同時にその時、投宿したホテルには日本語を話す在日の訪朝者が溢れ、その人達の往来は常にとどこうり無く行われているとのことであった。又、市内の中心にあるビルの一群は日本に輸出する繊維加工工場であることを知った。旅行後まもなくして、関連の軽い内容の書籍が何冊が出版された。いずれも同様な旅程を経た体験記であった。私の短い滞在中の印象では、「拉致された監督が綴る事は本当にありえる事だ」と云う思いを強めた興味深い旅行であった。さて来月予定の演奏会出演バンドもほぼ決定。準備をこれから始めるところである。皆様お楽しみに。