本日「ワールドミュージックフェス」
開演に先立ち,常のごとく,常連のメンバーによる準備が滞りなく進む。一方,駐車
場にては,交通整理のメンバー諸氏の整然とした誘導で100台余の車は遅滞なく収
まる。
本日もサーヤの献花あり。一時,瞼の熱きをおぼゆる。ありがたきかな。
今日の一日諸事万端,めでたく盛況に始終するは「草葉の陰よりといえども愛犬サー
ヤが一所懸命の結果」と,家人ともども思い至り素直に合掌す。
プロバンスより今日一日家人の手助けの為に忙しく飛んで来てくれたマリサ女にも感
謝多。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2005年4月26日(火)気定まらず
飛駒の周辺,新緑盛りなり。朝,店の周辺を散歩,途中,多幸山を背景に店の写真を
撮る。
自然の美・・・・・見事也。 -
2005年4月16日(土)曇り後雨
山の色が日々に変化して魅せられる時節到来である。
自前の薪は終了したのであるが
近所より薪を大量にもらいうける。
閉ざしていた暖炉の扉を開け,その薪を利用して
直火のグリルを始めたのであるが,食べる人には好評である。
仔羊も自家製ソーセー
ジも絶好調の今日この頃でありました。 -
2005年4月10日(日)晴
風なく,暖。ようやくにしてこの地にも季節が移り春來。いつになく桜の時を待望。
庭に桜花めでたく咲き安堵。私にはいつになく長い冬を過ごした心持がする。この頃
は縮んでいたからだの各部品が気持ちよく伸びるように思われる。掲載する写真はお
気に入りの窓よりの風景。さりげない色気とそそとする姿がいいではないか!今日もサーヤに献花あり,ありがたきかな・・・・。
庭にて一時を過ごす人,多。 -
2005年4月1日(金)晴
鬱々と,心,さだまらぬ時節を過ごしていたのであるが,久しぶりに慶事あり。
深草に住まう,知人を訪ねた折,絵を見せられた。隅々まで力みなぎり,作者の画
風,確立せしモノであった。描きては,婦人という。
聞けば,ある作品は県下芸術祭で賞を受けたという。まことに天晴れな婦人である。
今年はそののりで上野にも出展を目指し,創作活動に余念なきとみうける。この飛駒
の地に画家誕生を知りて,心晴れたる一時を得る。ありがたきかな。 -
2005年3月21日(月)晴、暖
寒気薄らぎ暖、漸くに春めきて、この頃は千客万来、お客様の応対に始終。心の闇も
薄らぐ。春の演奏会、5月1日(日)と決まる。庭の水仙の蕾、未だ開かず。 -
2005年3月2日(水)晴
寒ゆるみ穏やかな日和となる。夕,サーヤ,ついに逝くなり。享年15老衰。この10日
間は世の中に我,家人とサーヤ3人のみ,在るような心地にて過ごしける。
夜半,上弦の月,紅くあるは怪・・・・・・合掌。
家人「心静かに終日過ごしたい」とぞいいけるは,あわれなり。 -
2005年2月21日(月)晴
ひざし春めき,穏やかな日となる。先週末,サーヤ食欲不振にて入院,本夕刻,退
院。病の重大なるを告げられる。いずれの日にか「それ」は訪れるとおぼろには考え
ていたが,動揺,激。このごろ,愛犬もなんとはなしに気持ちを通わす場面が多く見
られるようになったのであるが,観念を定めても,胸,騒ぐは治まらぬ。家人沈す。 -
2005年2月13日(日)晴、寒気弱まる
今週は犬づれのお客様の多い日であった。
土曜日は,大型犬のトレーニングの教室が,当店で早朝より行われた。今日は,県央
よりピレネー犬,シフォンちゃん訪れ,このところ食欲不振をかこっている,サーヤ
に良質な餌を戴き,それを食べ,サーヤ元気になる。何しろ,普段の餌も,チーズ
や,その他のおやっも食べないので,心配するかたわら,多忙ゆえ,なかなか先生の
ところにも連れて行けず,気をもんでいたのであるが,これで少し安心する。今週
は,サーヤの件で,色々と教えられる事の多い日々である。飼い主の皆様に,感謝
多。 -
2005年2月7日(月)晴
昨日までの寒気,ややおさまり,穏やかな日和となる。新年度の営業が始まり1週
間,体の動きも,大分スムースになってきた。冬枯れの寒さの中,ご来店いただく
方々には,心より感謝を,申し上げる,次第です。
ところで,最近,岩波文庫のギッシング著「ヘンリ・ライクソフトの私記」を愛読し
ている。この書,今を去る40年前,初読。いぶし銀のような記述,その当時,僕は,
まだ見知らぬ,上等な大人の世界を覗き見るような,読後感があり,「我も,いずれ
の日にか,このような静かな黄昏の隠遁生活をしたい!」と憧れたのである。言わ
ば,我人生の教科書そのものであった。その時の原本は,多分,「開かずの間」その
奥地に,他の本と束ねられて,埃を被っているはずである。今,手になるは,最近,
書店で見かけて,つい懐かしさのあまり買ったものである。
現在,炉辺で,この本を読んでいると,青春時代の日々が走馬灯の如く思い出され,
其れと共に,悪戦苦闘せし40年の時を経て,やっと,たどり着いた,この生活を考え
ると,感慨無量な気分にひたるのである。
兎も角も,隠遁生活を目指す諸氏には,一読を奨めます。