朝、ヨーコさん飛駒に出掛ける。僕は不調にて散歩はお休み。夕方、小学2年の孫来たりて、豆まきの、鎧を試着をする。本業のお勉強は今ひとつはっきりせず、冬の通信簿は見せてもらえなかったが、鎧を着けてみると「孫にも衣装」と云うように、なかなかどうして!という風になる。孫は、重いうえに、体が窮屈になるので、初めのうちは乗り気ではなかったのだが、周りで、「さすが、大将!日本一!!」と皆が囃し立てるものだから仕舞いには本人もその気になって、意気揚々と帰っていった。今夜は早寝して、大統領就任演説をTVで観る予定。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
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2009年1月19日(月)晴
朝、例の如く、織姫山散歩。山頂、風無く春の如し。神社を拝し石段を下り、渡良瀬河畔に至り、しばし川面に集う水鳥を眺める。なお、足取り軽やかにして、浅間山頂上に至り眺望を楽しむ。帰宅して歩数を確認したら1万歩あまりであった。
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2009年1月18日(日)曇
終日家に留まり、記すこと無。
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2009年1月17日(土)晴
ヨーコさん、看護はさておき、少し気晴らしをしたいと言うので(僕もいささかうんざりしている)、神楽坂に出掛ける。車で9時半出発、行きは僕が運転。途中、首都高の飛鳥山トンネル手前で、富士山の雄大な姿を見る。10時50分、神楽坂毘沙門天前の駐車場に到着。周辺を散歩後、ブション・リオネにて昼食。1時過ぎに帰路に着く。疲労感無い。
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2009年1月16日(金)晴
例により織姫山散歩。眺望好。脚軽やかに感じて、渡良瀬河畔を渡り南に下り、某電気店を覗き、帰路に着く。歩数12000歩。夕刻、疲労感甚だしく、早寝をする。
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2009年1月15日(木)晴、寒
朝、例のごとく、織姫山散歩。山頂に立つと、寒袋より生じるごとく烈風有。寒に耐えること暫し。都心、幕張方面望む。浅間山あらわれず。帰路、織姫神社を拝し、階段より本通りに出て、鑁阿寺境内を経て安着す。
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2009年1月14日(水)晴、暖
午前中、常のごとく散歩に出る。今朝は、珍しく、車で織姫山1600メートル南の浅間山中腹を目指す。山腹より始まる山道は浅間神社まで雑木の落葉を敷きしいた山道が続く。散歩を始めて程なく北端山頂に到着。対岸に、順光線を浴びる足利市内がくっきりと広がる。西には赤城、榛名、浅間山、南には富士山を望む。暫く山頂にたたずんでいると、麓より登り来る、古老が神社の由来、眺望の説明を始める。山頂まさに、小春日和の気配。余輩は互いに語らいつつ、下山する。
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2009年1月7日(水)晴、暖
午前中、織姫山散歩。山頂にてパワーを貰う。
昼食はピザを食べる。夕食は粥にてすませる。 -
2009年1月6日(火)晴
午前中、織姫山まで散歩。山頂からの眺望は、期待通りのものであった。
南に東京のビル群(76㌔)
その右に富士山(126㌔)
やや西に荒船山(74㌔)
その右に雪の浅間山(82㌔)
山頂に留まること20分、気のエネルギーを得る。
午後、イオンにて「ワールド・オブ・ライズ」を観る。夕飯は茶碗蒸しのみ。 -
2009年1月5日(月)晴
午前中は病院で背骨の具合を看てもらう。経過良好。昼食は森田屋にて飯。帰宅後、ヨーコさんの借りてきた[華の乱」を一緒に観る。与謝野晶子の映画であった。晶子は10人の子供を育てながら、スランプに陥った夫、与謝野鉄幹を励まし、筆一本で家計を支え奮闘する姿が、描かれているのを観て、ヨーコさんは頻りに感激していた。彼女は大正時代の「ウルトラ・スーパー・レディー」であった。夕飯は粥。