朝、草刈に出かけ、昼、帰宅。他、特に記す事無。

「紅葉する老年」と云う言葉が好き。老年期、戸惑うことばかり。孫の名前がとっさに出てこない!愛用するお店の名前も失念!探し物で、部屋に入ったら、目的を失念!と、悩ましいこの頃なのであります。一方、巷では、「人生100歳時代」と言うフレーズを耳にします。「そんな事は学校では教わりませんでした」などと、愚痴めいたことを言っても仕方がない・・・・。
後26年でそこに到達してしまう!店で立ち働いていると、「よく頑張ってますねぇ!」と、人様に褒められる事もある。こういう時は、気分爽快、元気が出るのであります。これはそんな老輩の日々を綴るものです。
-
-
2010年7月5日(月)曇、湿
朝、ヨーコさんは洗濯物で忙しいので、僕がモーガンでオーブン修理の立会いに出かける。帰路、医院にてコレステロールの薬を受け取る。今日はヨーコさんも元気だ。粗食を作ってもらう。Bunkamuraに行くために駅まで送ってもらう。劇場に到着すると3時からの上映は満席。5時のチケットを買い、時間つぶしに書店に書棚を探索する。書籍が沢山並んでいて様々なキーワードが脳を刺激し程よいセラピーとなる。映画アルゼンチンタンゴ「伝説のマエストロ」の観客の平均年齢は70歳をはるかに越えていると思う。自分で言うのもなんであるが、かくしゃくとした御老体が大半の席を満たす。全編を流れるタンゴはあまり馴染みの無い物ばかりだが、バンドネオンが奏でる音楽は十分に楽しめるものだ。歳を重ねて肉体はかなり変形したが、その世俗を超越した音楽への情熱が画面に溢れている。
考えてみると、ブエノスアイレスは今次大戦の難に会わず、30年代より50年代まで、音楽的個性を独自に発展させ、タンゴの音楽的世界を確立したのだ。
翻って、60年の長きに渡り、戦火に出会わずに現在にいたった日本文化は世界に浸透しつつある。たとえ、国威が凋落しようとも、日本人のライフスタイルから染み出してきた様なものが、着実に地球を覆うようになれば、孫達の時代になっても、世界に向って面子を失うようなことも無いであろう。
この映画を見て、そんな感慨を得た。
帰路、赤坂に下車してオイスタバーに立ち寄り飯。 -
2010年7月4日(日)曇、にわか雨
営業が始まってまもなく、ヨーコさんの「オーブンが点火せず、パンが焼けない!」との声が厨房より聞こえてきた。暖炉ではちょうど、ローストビーフが焼きあがったところだ。パンが焼けないのは一大事。牛丼屋でご飯が出来ないのと同じだ。洋食系のブロッサムではパンは欠かせない。メンテナンス会社も休みだ。こまった!ヨーコさんより足利でフランスパンを買ってこいと指令が出た。「合点承知の輔!」とばかりに、ひごろモーガンで鍛えたドライビングテクニックを駆使し、飛駒街道をフルスロットルで駆け上っていった。幸いにも交通量が少なく、安全運転を保ちつつ、何と、市民会館まで15分フラットで到着(ちょっと、過激な表現は無視してください)。パンを買い自宅より電気トースターを積んで、店に舞い戻った。ヨーコさんは余りの速さに驚いていたが、僕は何事もなかったように、注文の入った「仔羊のグリル」を焼き始めていたのである。
店は終日賑わいを見せたが、混乱も無く推移する。今日は、ブロッサムで知り合い、出産予定を控えているカップルも來。慶なるかな!
午後、通り雨有。店が一段落して、最後の人を見送って外に出ると、若いねむの木が花をつけているのを発見。この花を見ていると、南洋を旅行した頃のことを思い出す。
汗を沢山流したので、汁気の物が欲しくなり、夜、「まるやま」にてラーメンを飯。 -
2010年7月3日(土)曇、湿
早朝より肉塊を薪で焼く。三々五々人有、完売。東京よりHPの「旧いカメラ」のページを見て青年來。僕が訪ねたブルガリアのソフィアにあるカメラ店に行ったという。しばし歓談の後、記念写真を撮ってもらった。楽しい一日となる!
-
2010年7月2日(金)曇、湿
朝より二人で店に出かけ、明日からの準備に入る。ヨーコさんの体調も回復。厨房で黙々と作業をしている。僕は相変わらず草刈。ホトトギスがしきりに鳴く。他、特に記す事無。
-
2010年7月1日(木)曇、
午前中より二人で飛駒に出掛け、僕は駐車場の草刈をするが、汗しきりに出て2時間で止める。午後、栃ナビの取材有。夜、しきりに雷鳴おこる。
-
2010年6月30日(水)曇
朝、K女來。三人でしばらく歓談。昼近くなり空腹を覚え、エスカルゴが食べたくなり二人を誘いしが、ヨーコさんは首がまだ良く廻らないのでパス。K君と「デリス」に出掛け、エスカルゴに白ワインのハーフボトル、K君はオニオンスープを注文し雑談にふける。酔いもまわり腹も満たされたので、話の中に出てきた、島田町の美味しいハンバーガーの店に案内され、ヨーコさんの土産を買い、店の人としばし歓談。酔い覚ましになった。帰路、住宅地の中にパン屋さんを発見、フランスパン生地のアンパンを買う。一日、河南を探索したような気分になった。
-
2010年6月29日(火)曇、潤
ヨーコさんは、昨日より寝違いのため首が痛いという。同情して肩に湿布貼ってやる。僕は、気晴らしの為に、先日Newsweekに出ていた「クレイジー・ハート」を観に出掛けるつもりで、何か昼ご飯を作ってもらいたいとお願いすると、「あなたは、こんな苦しんでいる私をまだ酷使するつもりですか!」と極めてご機嫌が限りなく斜めである。僕としては、そんな事を言われても自分では作れないのだからどうしようもない。しかし、ここで、無闇に口答えをしてはいけない。だから僕は、「ごもっとも!」「オッシャルトオリ!」と相槌をうち、静かに卓袱台の前に座っている。
一通りの言葉の連射が頭上を通り過ぎれば何かしら食べるものが目の前に並ぶ。
ヨーコさんに車で駅まで送ってもらい、有楽町に出掛ける。館内は7部の入り。先日イオンシネマで、観客は僕独りという、貸し切り状態の時があったが、映画を観る時は、多少観客がいないと、自分の選択が間違っているのであろうかと、精神が不安定になっていけない。
物語は、かつては一世を風びしたカントリー・ミュージシャンが、今は50を過ぎ落魄の身となり、ギターを抱えて街から街へとウイスキーを旅の友として、あてども無く渡り歩く所から、映画が始まる。全編に、使い込んだ喉から、しっかりさびの効いた歌が漂っていて、それだけでも十分に楽しめる。更に、映し出される風景もいい。実際そこに行って、その空間に立ったのでは、味わうことが出来ない、客観性を帯びた画像表現がかえって、臨場感を際立たせる。
観客としては、人生の収穫期にさしかかる、主人公の心情について、同情の念が否めない。自分の事に引き合わせても、まるで、己の物語の如く「そう、気持ちは十分にわかる!」と言ってあげたくなる。
物語が進むにつれ、事態は少しづつ改善してゆく・・・・。
劇場を出てまだ陽も高いので、濠にそって神楽坂まで歩く。立ち寄ろうとした店が生憎夏休みになってしまった。このところ、どうもついていない。仕方なく途中の蕎麦屋で飯。帰宅するとヨーコさんの首も大分良くなっていた。土曜日の予約も入りはじめたと言う。 -
2010年6月28日(月)曇時々晴、暑
朝寝をした。10時過ぎモーガンで草刈に出掛ける。ついては、弁当の用意ということで、俵寿司に寄り調達。すでに、時刻11時を回った。ロックタウンの書店にて、先日ラジオで聞いた「P2]を買い求める。書店のカウンターに「休日のカフェ」が山ずみされているので、売れ行きを尋ねる。順調な売れ行きということで安堵す。さて、用事も全て済み、飛駒に向うばかりとなったが、栃木のピザも食べたくなった。念のために、栃木のI氏に電話すると付き合うという。店で合流ということで、急遽、栃木駅前に向う。ピザ屋に到着してみると、修行のため日、月、火休むとの張り紙がしてある。しかたなく、I氏を呼び出し、近くのイタリアンで飯。後、しばらく歓談。外に出てみると雲は消え陽射し強し。パナマ帽を被り、飛ばされぬように片手で頭を抑えて飛駒に向う。店の庭は31度である。木陰でしばらく読書。夕に至り草刈を始めるも汗がしきりに流れ仕事にならない。1時間ばかりで切り上げ帰宅。空は尚明るいので、半ズボンに着替えて、織姫山を散歩する。
いつもの如く、ドライブウエーの登り口に差し掛かり、そのまま歩調を緩めず、一気に坂を頂上まで上り詰めるのであるが、風も無く、湿った空気が身体にまとわり付き、歩を進めるごとに汗が噴出す。まるで、サウナ風呂に入っているようだ。今日は、ヨーコさんに「念のために」と携帯を持たされたが、幸いなことに自力で帰宅することが出来た。一風呂浴び、さっぱりとしたところで冷酒ときゅうりの酢の物で飯。
このところ、しきりに、この音楽を聴いている。
http://www.youtube.com/watch?v=E_9Q3ddEGvY&feature=related -
2010年6月27日(日)少雨
終日はっきりしない天気となる。植物は天水を得て潤う。ターシャの庭より来た「たちあおい」も今週から見頃となり元気に咲き誇る。一番でモーガン氏來。続いて、リピータ諸兄の来店を得て、終日賑わい続く。シュガーヒルの練習もありヨーコさんのご機嫌も良。夕、一時、空が明るくなり東の空に虹有。憂い無く過ごせることを天に感謝多。