複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

2010年6月29日(火)曇、潤

ヨーコさんは、昨日より寝違いのため首が痛いという。同情して肩に湿布貼ってやる。僕は、気晴らしの為に、先日Newsweekに出ていた「クレイジー・ハート」を観に出掛けるつもりで、何か昼ご飯を作ってもらいたいとお願いすると、「あなたは、こんな苦しんでいる私をまだ酷使するつもりですか!」と極めてご機嫌が限りなく斜めである。僕としては、そんな事を言われても自分では作れないのだからどうしようもない。しかし、ここで、無闇に口答えをしてはいけない。だから僕は、「ごもっとも!」「オッシャルトオリ!」と相槌をうち、静かに卓袱台の前に座っている。
一通りの言葉の連射が頭上を通り過ぎれば何かしら食べるものが目の前に並ぶ。
ヨーコさんに車で駅まで送ってもらい、有楽町に出掛ける。館内は7部の入り。先日イオンシネマで、観客は僕独りという、貸し切り状態の時があったが、映画を観る時は、多少観客がいないと、自分の選択が間違っているのであろうかと、精神が不安定になっていけない。
物語は、かつては一世を風びしたカントリー・ミュージシャンが、今は50を過ぎ落魄の身となり、ギターを抱えて街から街へとウイスキーを旅の友として、あてども無く渡り歩く所から、映画が始まる。全編に、使い込んだ喉から、しっかりさびの効いた歌が漂っていて、それだけでも十分に楽しめる。更に、映し出される風景もいい。実際そこに行って、その空間に立ったのでは、味わうことが出来ない、客観性を帯びた画像表現がかえって、臨場感を際立たせる。
観客としては、人生の収穫期にさしかかる、主人公の心情について、同情の念が否めない。自分の事に引き合わせても、まるで、己の物語の如く「そう、気持ちは十分にわかる!」と言ってあげたくなる。
物語が進むにつれ、事態は少しづつ改善してゆく・・・・。
劇場を出てまだ陽も高いので、濠にそって神楽坂まで歩く。立ち寄ろうとした店が生憎夏休みになってしまった。このところ、どうもついていない。仕方なく途中の蕎麦屋で飯。帰宅するとヨーコさんの首も大分良くなっていた。土曜日の予約も入りはじめたと言う。


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