複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

2016年11月8日(火)陰

店に到着後、薪割をして、今週の準備をする。昼に至り、来客現れず!最近、韓国大統領のスキャンダラスな事件の展開が報道される。その事が誘因で、今の大統領のお父さんが政権にあった時代に、仕事でしばしばソウルに出掛けていた事を思い出した。その当時は、戒厳令などという剣呑な制度があって、夜の12時以降は外出が出来ないのだ。仕事が済んで、カラオケバーの韓日友好で歌も話も盛り上がっていると、門限を過ぎてしまうこともあり、酔い醒ましに、ソウルの街を歩いていて、時々捕まって、油を絞られた事もある。あれは、同じ頃であろうか・・・。中国に出掛けて、日本に帰ってくるたびに、田中元首相のロッキード事件の解明が進み、フィクサーや小佐野さん、丸紅の社長という風に色々な人が国会で聴取されている。前後の経緯が不明だが、其の頃立花隆さんが文芸春秋で「田中角栄~その金脈と人脈」を発表、社会的に大いに取り上げられた。老輩がソウルによく通っていた頃は、慰安婦問題など取り上げられる事もなく、しかし、8月15日の日本の敗戦記念にソウルに入ると、そこでは植民地時代の日本から解放された祝日として盛り上がっているので、自分の中で違和感を感じつつも、「世の中とはこういうものだ!」とモノを見る目が広がった思いがあった。一度だけヨーコさんを案内して、二人で観光気分でソウルの街を歩いたことがある。普段は先方の商社の人に案内されているので、地図が無案内でもその人が必要な場所に案内する。しかし、ヨーコさんと歩いた時はプライベートだから、街を歩いていても、知らない通りにでると、どちらに向かえばよりか判らなくなり、しばしば、立ち止まり、手元の地図を観たり、周辺をよく観察したりしていると、私たちより大分年かさの、そう、父親と同年齢の紳士が、流ちょうな日本語で「なにか、お困りですか!どちらにいらっしゃりたいのですか!」と慇懃に話しかけてくる。それも、街路だけではなく、レストランや、食堂に入り、言葉が通じないで困っていると、すかさず、やはり、その場にいる紳士が慇懃に「どんなモノを召し上がりたいのですか、私でよけれがお役にたちましょうか?」と声を掛けてくる。ことほど左様に、今で言えば東京五輪の「おもてなし」状態でそれが印象深かった。あの時代の日本周辺の国々で起きたニュースをウイキペディアで調べているうちに、3時を過ぎてしまい帰宅の途に就く。久しぶりに古き良き時代を思い出した次第。ところで、解放と云えば日本の憲法はアメリカが押し付けたモノには違いないが、その陰には名もなき日本人兵士が命を差し出して、平和国家日本を造ったという思いがしてならない。少なくても、老輩はその恩恵に浴している。円高の恩恵も受けた。それは、戦争という集団行為が戦後生産行為にうまく転換され、我々は今日の豊かさを得ることが出たのだと思う。その転換点となった8月15日はある意味で日本人が解放された日であると思うようになった。それは、イタリアの戦中、戦後史を見てそう思ったのだ・・・。アメリカから憲法を給され、我々は解放された!私は、その事に感謝している。


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