複雑で多様化する現代。店内は、アンティークな家具、庭には癒し度の高い空間(パワースポット)が広がっているお店です。冬は暖炉に癒されます

2001年10月14日(日)

曇りがちの天気となるも陽が去りて後、星の満天に輝くを見る。さて、チエンソーの後日談であるが目立てに再度挑戦した。昨日の状況はチエンはスムースに回転するが木が一向に切れない。丸やすりで砥いでも結果は変わらない。精神的には不完全燃焼の状態で一夜を打ち過ごす。今朝、早速書棚よりThe complate guide to SHARPENIINGを探し出し熟読する。其の知識を頭からこぼれないように注意しながら、鋸と道具をかかえ静かに店のテーブルに運ぶ。まずテーブルに万力を設置、鋸をくわえる。角度をきめて本に書いてある通りに丸やすりを動かす。まだ半信半疑で有るけれども刃を触ると裏刃が出てかすかに指に引っかかる。なんだか期待がもてそうになってきた。客観的に見れば作業としては同じ動作を繰り返すだけの平凡な風景であるが、本人の中ではものすごく期待に胸をふくらませている所である。「これは良い結果が出そうな気がする」然し「もしこれで結果が同じだったらどうしようう!」「基本的に君は才能が無いのだ」「結果は同じさ!」と悪魔の声がささやくように脳裏をかすめる心持である。一通り目立ては終了し、おもむろにチエンソーを抱えて林の中に入り、エンジンを始動、丸太にあててみた。するとどうだ!チエーンがスムースに丸太の中に入って行く。カットするダストが薄い小さな木片となり丸太の下にたまる。成功である!「素晴らしい!俺は天才だ!」然しもっとファインに切れるはずだと思う。欲が出る。パーフェクトを志し、再度万力に鋸を掛ける。力まずに角度を決めて優しくやすりを掛ける。再度丸太に当ててみる。「すご・・・・・・・・・・・・い!!!」自然と刃先が丸太に沈んで行く。この感動。この感動は、確かこのホームページを最初にアップして、それを自分自身がブラウザで確認した時の感激、充実感と同質のものである。昔、パラグライダーで初めて空を飛んだ時の感動には及ばないにしても、精神的な開放感と充実感が全身を満たし、「自分は何でも出来るのだ!この世に不可能は無い!」と云う、いつもの浅はかな妄想を抱いたのでありました。何はともあれ、充実した一日でありました。薪作りのほうはあまりはかどりませんでした。と、申すのも、例えば丸太を半割にカットすると、それが太い栗の木でありましたから、その開いた時の木目を見ると、あまりの美しさに思わず身とてしまいまして「薪にするにはもったいない。これを板にとって何か拵えてみよう。」と云うような創作意欲がむらむらと湧いてきて、丸太を小割にするのは中止。そうなると脳内の細胞は身体に震えが来るほど活発に動き出す。そうすると我輩はそれを抑制すべく、兎も角もパイプを取り出してまずは一服。それを繰り返すうちに陽は多幸山の影に沈み、穏やかな秋の一日はつつがかく終了したので御座います。それにしても、この創作意欲をどのように纏めて具体的な作業に結びつけるかが当面の課題であります。作るもののイマジナシオンはおぼろげながら浮かんできてはいるが、どうも自分としては納得が行かない。素材と機能を生かし独創性富んだかたちを追求して行きたい。悩める日々が続く今日この頃であります。


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